論理的に考えるコト その2 [他ブログいっちょかみ]
ところで、「バカじゃない、薔薇だ」の記事ではublftbo氏が想定していた「論理的な考え方」が披露されていて、「前言=バカ50%(notバカ50%)、謝意後=notバカ50%(バカ50%)だから、状況設定次第では同じ意味と取れる」てな感じの話だった。
まぁ、私の考えと比較して、文章から想定される範囲以上に設定が限定されているという嫌いはあるケド(=50%のあたり)、「同じ意味と取れる(取ることも可能だ)」程度に押さえているので、結論は私とそう代わりはないんじゃないかな。
【rosechild氏】
ただ、ublftbo氏が解答を述べる前に、実は「バラーチャイルド氏記念」の記事に対し、rosechild氏がこうコメントしているんだね。
私が面白いと思ったのは、『バカ率として考えた場合、「50~100%」から「0~50%」に“変化する”』という捉え方。私の≪下方修正≫という表現よりも、より変化のイメージが沸きやすいと思う。
モチロン、rosechild氏も、「だから低下している」と決めつけるのではなく、あえて「同じ」という可能性も含む事を明示しているから、結論は私とそう代わりはないと思う。
ublftbo氏の解答とはちょっと違うものの、これも論理的な考え方だよね、と私は思った。
むしろ、こういっては何だけど、文章から想定される範囲以上に設定を限定しない点では、ublftbo氏の解答よりも「素直に論理的」であるとも言える。
【ublftbo氏のズレ】
んで、ublftbo氏の解答→rosechild氏の回答、という流れであれば特に違和感は無かったんだけど、rosechild氏の回答→ublftbo氏の解答の流れのせいで、ublftbo氏の解答に違和感を覚えたんだね。
ublftbo氏の方は多少飛躍を含んでいる一方で、rosechild氏の方はそれよりも無理が無い。
どちらがより論理的(というか客観的?)であるかといえば、申し訳ないけれどrosechild氏に軍配が上がる。
なのに、既に出ている「回答」よりも劣ったもの(失礼!)を「解答」として挙げるのはどうなのだろう、って感じ。
モチロン、ublftbo氏としては、出題者の義務として「私はこう考えていましたよ」と言うことをまず言わなきゃ、と考えている事は分かる。
別に「回答」より劣った「解答」を一切口に出すな、と言いたいわけじゃない。
でも、「論理的に考えよう」と自分で言っているのだから、それと異なるrosechild氏の回答がある以上、(自分の考えを述べた上でいいから)それと比較して、「どちらが適切か」とか「2人の答えを合わせたより適切な回答があるのか」という事も「論理的に考える」べきじゃないかな、と思う。
なのに、結局その記事ではそれには触れなかったので「違和感」が残ったのだ。
【非効率な「論理(?)」】
しかも、その一方で、こんな事をおっしゃる...
『ろんり(論理)としゅうごう(集合)の話として見るならば』とワザワザ言うのであれば、「議員の半分はバカ」を否定するには「議員の過半数はバカではありません」と言えばいい事にならない?
ublftbo氏がどれだけの水準を「妥当」の意味に込めているのかは分からないけれど、わざわざ「全員が違う」事を示す【必要】は無いんじゃないのカナ?
モチロン、「全員が違う」と言えば「議員の半分はバカ」の【十分】な否定となるけれど、なんだか「どんぶり勘定」的な方法に思える。
そんな非効率な結論でもOKなら、わざわざ「論理」を使うメリットなんて無いんじゃないのだろうか。
※ 『議員の中にバカがいる』を否定するなら話は別だけど。
【完全無視】
ublftbo氏の「論理力」に黒雲がかかってきた印象を受けつつ読み進めると、その不安感にさらに追い打ちをかけてくださる。
うーむ、これはublftbo氏が(本文から論理的に導出したとは考えられない)「議員の半分は」を「=50%」とする解釈を【前提】としないと言えないはず。
既にrosechild氏が「=50%」という前提を設けられないから「≧50%」とすべき、と言っているのを知っているにもかかわらず(rosechild氏の捉え方では、「全ての議員はバカです」と言っても否定にならない)何の説明も無く当たり前のように「=50%」を押し通す、というのは、ある意味rosechild氏完全無視、という様相だ。
なお、蛇足ながら例え「=50%」でも、先に述べたように非効率な考え方でもある。
【ublftbo氏の迷走】
いったいこれは何なんだろう。
「論理的に考えてみよう」と言った張本人が、論理を放棄して、直感と主観で語っているようにしか見えないのだが。
コメント欄のやり取りを見ているとだんだん浮き彫りになっていくのだけど、どうやらublftbo氏はちゃんと「論理」を理解した上で、その能力を元に議員の話を「論理的」に"自分で考えて”説明したわけじゃない模様。
他人の言った(おそらく「バラーチャイルド氏記念」で“参考文献”として挙げた本の著者である大村氏)「こう考えるのが論理的なんですよ」という事を、「論理」も良く理解せぬまま、受け売りで言っていただけのようなのである(詳細は後日の記事で書く予定)。
うーむ、ublftbo氏自身は「ちゃんと論理的に考えられない方」なのじゃなかろうか。
だから、rosechild氏の論理を咀嚼できない。できないからはっきり肯定も否定もできない。
でも「自分の読んだ本に書いてある事の方が正しいだろう」と“信じる”が故に、rosechild氏の示す論理とは異なる事でも自信たっぷりに言える、そんな風に見えてしまう。
いや、「論理的に考えられない」は言いすぎかもしれない。
論理的に考える事もできるかもしれないけれど、自分の理解している論理で考えるよりも、自分の信じる権威を鵜呑みにする事を優先させてしまっているだけかもしれない。
【ublftbo氏の深い闇】
「論理的」に考えてみようと呼びかけたublftbo氏こそ、論理的に考えろよ!
とツッコミを入れてこの話は終わり...
...じゃないんだな、実は。
いや、私は性格悪いから、頭良さそうなフリをしている人のミスをあげつらうのは嫌いじゃないけど、あえてこれを取り上げたのは、記事そのものよりも、以降コメント欄におけるrosechild氏と新たに参入してきたspiklenci-slasti氏とのやり取りでどんどん浮き彫りにされる「ublftbo氏の深い闇」に言及したかったからなんだ。
別にublftbo氏に恨みがあって、彼を貶めるためにネガティブキャンペーンを張ろう、ってなつもりはない。ここ最近「対話」をテーマにして色々書いてきたけど、「対話の阻害要因」のうってつけの事例だから取り上げたいダケ。
まぁ、常日頃のほほんと牧歌的なブログを書いている人だったら、いくらうってつけの事例だからといって、名指しでまな板に挙げたりなんかは、さすがの私でもしないけどさ(多分)。ハテブなんかを眺めてみるとublftbo氏もけっこうアグレッシブに他者批判をする人のようなので、まぁ、「人を呪わば穴二つ」って事で許してもらおう。
【おわりに】
...と、ここまで煽っておいて何だけど、その辺についてはもうちょっと上手くまとまってからUPするね。とりあえず、話題がHOTなうちに触れておきたかったので、中途半端でスマヌ。
それまでは、興味があればリンク先を覗いて「予習」しといたりしてクレ。
次回予定は未定なのだぁ
(下手すると9月?その頃にはネタ元も決着ついているカモ)
まぁ、私の考えと比較して、文章から想定される範囲以上に設定が限定されているという嫌いはあるケド(=50%のあたり)、「同じ意味と取れる(取ることも可能だ)」程度に押さえているので、結論は私とそう代わりはないんじゃないかな。
【rosechild氏】
ただ、ublftbo氏が解答を述べる前に、実は「バラーチャイルド氏記念」の記事に対し、rosechild氏がこうコメントしているんだね。
「議員の半分はバカだ」を素直に論理的に考えると半分バカ、残り半分はバカ度不明なのでバカ率は50~100%ですね。「議員の半分はバカではありません」だとバカ率0~50%なので、やはり素直にバカ率は後者の発言について前者と同じかもしくは低下しているように思われますがいかがでしょうか。
私が面白いと思ったのは、『バカ率として考えた場合、「50~100%」から「0~50%」に“変化する”』という捉え方。私の≪下方修正≫という表現よりも、より変化のイメージが沸きやすいと思う。
モチロン、rosechild氏も、「だから低下している」と決めつけるのではなく、あえて「同じ」という可能性も含む事を明示しているから、結論は私とそう代わりはないと思う。
ublftbo氏の解答とはちょっと違うものの、これも論理的な考え方だよね、と私は思った。
むしろ、こういっては何だけど、文章から想定される範囲以上に設定を限定しない点では、ublftbo氏の解答よりも「素直に論理的」であるとも言える。
【ublftbo氏のズレ】
んで、ublftbo氏の解答→rosechild氏の回答、という流れであれば特に違和感は無かったんだけど、rosechild氏の回答→ublftbo氏の解答の流れのせいで、ublftbo氏の解答に違和感を覚えたんだね。
ublftbo氏の方は多少飛躍を含んでいる一方で、rosechild氏の方はそれよりも無理が無い。
どちらがより論理的(というか客観的?)であるかといえば、申し訳ないけれどrosechild氏に軍配が上がる。
なのに、既に出ている「回答」よりも劣ったもの(失礼!)を「解答」として挙げるのはどうなのだろう、って感じ。
モチロン、ublftbo氏としては、出題者の義務として「私はこう考えていましたよ」と言うことをまず言わなきゃ、と考えている事は分かる。
別に「回答」より劣った「解答」を一切口に出すな、と言いたいわけじゃない。
でも、「論理的に考えよう」と自分で言っているのだから、それと異なるrosechild氏の回答がある以上、(自分の考えを述べた上でいいから)それと比較して、「どちらが適切か」とか「2人の答えを合わせたより適切な回答があるのか」という事も「論理的に考える」べきじゃないかな、と思う。
なのに、結局その記事ではそれには触れなかったので「違和感」が残ったのだ。
【非効率な「論理(?)」】
しかも、その一方で、こんな事をおっしゃる...
ろんり(論理)としゅうごう(集合)の話として見るならば、「議員の半分はバカ」を否定するならば、「全ての議員はバカではありません」と考えるのが妥当でありましょう。
『ろんり(論理)としゅうごう(集合)の話として見るならば』とワザワザ言うのであれば、「議員の半分はバカ」を否定するには「議員の過半数はバカではありません」と言えばいい事にならない?
ublftbo氏がどれだけの水準を「妥当」の意味に込めているのかは分からないけれど、わざわざ「全員が違う」事を示す【必要】は無いんじゃないのカナ?
モチロン、「全員が違う」と言えば「議員の半分はバカ」の【十分】な否定となるけれど、なんだか「どんぶり勘定」的な方法に思える。
そんな非効率な結論でもOKなら、わざわざ「論理」を使うメリットなんて無いんじゃないのだろうか。
※ 『議員の中にバカがいる』を否定するなら話は別だけど。
【完全無視】
ublftbo氏の「論理力」に黒雲がかかってきた印象を受けつつ読み進めると、その不安感にさらに追い打ちをかけてくださる。
しかし慌ててこれでお終いにしてはいけません。「議員の半分はバカ」を否定するのはもう一つあります。そう、「全ての議員はバカです」と言っても、それを否定することになったのです。
うーむ、これはublftbo氏が(本文から論理的に導出したとは考えられない)「議員の半分は」を「=50%」とする解釈を【前提】としないと言えないはず。
既にrosechild氏が「=50%」という前提を設けられないから「≧50%」とすべき、と言っているのを知っているにもかかわらず(rosechild氏の捉え方では、「全ての議員はバカです」と言っても否定にならない)何の説明も無く当たり前のように「=50%」を押し通す、というのは、ある意味rosechild氏完全無視、という様相だ。
なお、蛇足ながら例え「=50%」でも、先に述べたように非効率な考え方でもある。
【ublftbo氏の迷走】
いったいこれは何なんだろう。
「論理的に考えてみよう」と言った張本人が、論理を放棄して、直感と主観で語っているようにしか見えないのだが。
コメント欄のやり取りを見ているとだんだん浮き彫りになっていくのだけど、どうやらublftbo氏はちゃんと「論理」を理解した上で、その能力を元に議員の話を「論理的」に"自分で考えて”説明したわけじゃない模様。
他人の言った(おそらく「バラーチャイルド氏記念」で“参考文献”として挙げた本の著者である大村氏)「こう考えるのが論理的なんですよ」という事を、「論理」も良く理解せぬまま、受け売りで言っていただけのようなのである(詳細は後日の記事で書く予定)。
うーむ、ublftbo氏自身は「ちゃんと論理的に考えられない方」なのじゃなかろうか。
だから、rosechild氏の論理を咀嚼できない。できないからはっきり肯定も否定もできない。
でも「自分の読んだ本に書いてある事の方が正しいだろう」と“信じる”が故に、rosechild氏の示す論理とは異なる事でも自信たっぷりに言える、そんな風に見えてしまう。
いや、「論理的に考えられない」は言いすぎかもしれない。
論理的に考える事もできるかもしれないけれど、自分の理解している論理で考えるよりも、自分の信じる権威を鵜呑みにする事を優先させてしまっているだけかもしれない。
【ublftbo氏の深い闇】
「論理的」に考えてみようと呼びかけたublftbo氏こそ、論理的に考えろよ!
とツッコミを入れてこの話は終わり...
...じゃないんだな、実は。
いや、私は性格悪いから、頭良さそうなフリをしている人のミスをあげつらうのは嫌いじゃないけど、あえてこれを取り上げたのは、記事そのものよりも、以降コメント欄におけるrosechild氏と新たに参入してきたspiklenci-slasti氏とのやり取りでどんどん浮き彫りにされる「ublftbo氏の深い闇」に言及したかったからなんだ。
別にublftbo氏に恨みがあって、彼を貶めるためにネガティブキャンペーンを張ろう、ってなつもりはない。ここ最近「対話」をテーマにして色々書いてきたけど、「対話の阻害要因」のうってつけの事例だから取り上げたいダケ。
まぁ、常日頃のほほんと牧歌的なブログを書いている人だったら、いくらうってつけの事例だからといって、名指しでまな板に挙げたりなんかは、さすがの私でもしないけどさ(多分)。ハテブなんかを眺めてみるとublftbo氏もけっこうアグレッシブに他者批判をする人のようなので、まぁ、「人を呪わば穴二つ」って事で許してもらおう。
【おわりに】
...と、ここまで煽っておいて何だけど、その辺についてはもうちょっと上手くまとまってからUPするね。とりあえず、話題がHOTなうちに触れておきたかったので、中途半端でスマヌ。
それまでは、興味があればリンク先を覗いて「予習」しといたりしてクレ。
次回予定は未定なのだぁ
(下手すると9月?その頃にはネタ元も決着ついているカモ)
rosechildさんは、高校の数学の教科書の論理の章にも記載されているような、論理のごく基本的な考え方に基づいて疑問を呈しておられますね。すなわち、誰がどう言ったからこう変わってしまうというような次元ではない部分を問題としておられる。しかし、相手に気を遣ってかなり控えめな表現を心掛けておられるように見受けられます。
一方、ublftboさんは、参考文献の鵜呑みというのもあるのでしょうが、自分の持っていきたい結論のためには、このような基本的な疑問にも答えようとしない姿勢が感じられる。そこから「ニセ科学」的な雰囲気を感じてしまっては失礼かもしれませんが・・・。
by hocus (2010-08-18 21:21)
<hocusさん>
延々放置してすまんかった。
もう見てないかもしれんけど、「そうだよね」と返答する代わりに、「なぜそうなるのか」を延々書いてみたので、興味があれば『論理的に考えるコト ~「心の闇」編~』をご参照あれ。
>そこから「ニセ科学」的な雰囲気を感じてしまっては失礼かもしれませんが・・・
私が「ニセ科学批判」から距離を置く気にさせたのは、まさにその雰囲気を強く感じたからなんだよね。んで、そのきっかけを作ったのも実はこの人だったと後で分かった(別HNの同一人物らしい)。
by Judgement (2010-12-25 00:56)
>そのきっかけを作ったのも実はこの人だったと後で分かった
そういう意味ではこの方は首尾一貫(?)しているのですね。
今この方はkikulogでNATROMさん批判を展開されていますが、私には似た匂い(感覚的ですみません)が感じられます。私はNATROMさんとは細部では意見を異にするのですが、彼の考え方は十分に理解できます(捉え方や価値観の問題も関わってくるので)。そもそも「NATROMさんまでもが」という出だし自体にも違和感をおぼえます。
by hocus (2011-01-20 11:20)
私も最近、kikulog「予防接種は効くのか?・・」でのNATROMさんとublftboさんのやりとりを、興味深く読みました。
両者のスタンスの違いが、くっきりと出ていました。
私には、NATROMさんは、「患者を利するにはどうすればいいか」という視点で、物事を考えているように思えます。
だから、患者を害するようなホメオパシーには反対だが、そうでない穏健なものは、消極的に容認するという意見なのでしょう。
一方、TAKESANさん(ublftboさん)は、最初から結論が出ていて、「誰が何を言おうと聴く耳持たず」と言った印象です。
それって、単に価値観の押し付けじゃないでしょうかね。科学の印籠を手にすれば、自分の価値観を他人に押し付けられるという勘違いをされてるようです。
だから、ニセ科学批判をする人の中には、本当に他人のことを考えて批判をしている人と、自分の価値観を他人に押し付けるためにしている自己中心的な人と、大まかに分けて二種類いるんだろうと思います。
ublftboさんは、まさに後者の代表格だと思います。
by cosi (2011-01-20 23:35)
hocusさん、cosiさん、こんちは。
>今この方はkikulogでNATROMさん批判を展開されていますが
なんか、面白い事になってますね。
あれを見て、学生運動が末期にはセクト主義に陥っていく様相を思い起こさせられました。
「動機はひとそれぞれ」なんてゆるい基準でやってきてたようだけど
煮詰まりすぎて、スタンスの違いによる簿妙な主張のズレが許容できなくなってきとる。
まぁ、正統医療とレメディに関してはNATROMさんと共通する考え方を私も持っているんだけど、その一方でublftboさんの主張も分からんでもない。というか、これはどちらが正しくて、どちらが間違っている、という話ではなく、何に主眼を置いているかの違いにすぎないんではないかなぁ。
ただ、「じゃぁ、どう摺り合わせようか」という所でいきなり”「医療従事者がホメオパシーを用いる」のは、「すごくひどい」から「犯罪的」の間でしか無い”では、まぁ、こじれるのは当たり前ですな。
>私には似た匂い(感覚的ですみません)が感じられます。
そうですね。
いや、ublftboさんが『私は正統医療にレメディを使うのを許せない』と主張するのはいいんだけど
んで、論調は主語の”私は”がどっか飛んでって
『正統医療にレメディを使うのが許せないのが”正しい”』
って感じになっちゃってないカナ
>そもそも「NATROMさんまでもが」という出だし自体にも違和感をおぼえます。
そういう言い方がなんかねぇ。
なんつうか、ダダのこね方や他者へのあたりかたがガキっぽい。
>一方、TAKESANさん(ublftboさん)は、最初から結論が出ていて、
>「誰が何を言おうと聴く耳持たず」と言った印象です。
この人は「自分が何を言ったか」を理解させる事にご執心で
相手が何でそれを言っているのか、というのは2の次なんじゃなかろうか。
というか、ublftboさんの主張はなんか「『代替医療のトリック』の内容そのまんま」、いわゆる”受け売り一途”感が強く感じられるんだよね。
つまり、まさに上の記事で取り上げたようなパターンではないかな、といまの所は見ています。
まぁ、この話題は後日ゆっくり検討して記事にする気がします。
余談
ニセ科学批判界隈では『代替医療のトリック』を良著ともてはやしているわけだけど
まぁ、確かに網羅的で悪くはない本だとは思う。
でも、これが「サイモン・シン」という外国人の著書ではなく、「竹内薫」(両者とも物理学出身のサイエンスライターという共通点がある)の著書だったら、ニセ科学批判の方々は色々とケチをつけていたんじゃないかなぁ
なんとなくそう思う。
by Judgement (2011-01-26 23:53)