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論理的に考えるコト ~「心の闇」編~ [他ブログいっちょかみ]

 ublftboさんの「バラーチャイルド氏記念」に触れた記事(これこれ)のあとで、「深い闇」だなんだと思わせぶりに煽っておきながら、放置したままはや4ヶ月。
 まぁ、年を越してまで継続する話でも無いので駆け込みでUPしておく。とはいえ、クリスマスとは思えないギスギスした話で申し訳ないが。

 どうせ誰も待っちゃいないし、今更の話だしで、別にいいかなともおもっていたのだけど、そんな折たまたま某所でublftboさんの私の記事に対するコメント
うん、どんどん書いちゃって下さいな。

 を見つけてしまい、ちょっとムッとしたので、やっぱ書くことにした。
 ...てか、そういう余裕かました物言いは、隠れてこっそり言うんでなく、聞こえるトコで言えよって感じだなぁ。

※ (12/27追記 と、聞こえるように言ってやろうとTB送ろうとしたけど、上手くいかなくて断念) 
※ (2/21追記 2ヶ月目にしてようやくTB成功。今更だけどね) 
【はじめに】

 「論理的に考える」と話を振ったublftboさんが、実はそれに答えたお二方よりも「論理的に考えられてない」という事は先に書いた(気がする)。いや、私の判断が間違っていて、ublftboさんの答えの方が「論理的」という事も十分あり得るけどさ。

 それはそれとして、ublftboさんと、rosechildさん及びspiklenci-slastiさんのやり取りについて非常に印象深かったのは、ublftboさんは対立した主張が出された時に、相手の主張を理解し、自分の主張と比較するのではなく、「自分の主張の正当化」及び「自分の責任の回避」に固執しているように見えたところ。

 そのあたりについて、色々触れていきます。
 結構長いけど、これでも4分の1ぐらいにしたんだからねっ!


【誰の問題提起なのよ】

 元の「バラーチャイルド氏記念」の記事において、注釈で「本エントリーは、参考文献の例を、ほんの少しアレンジして紹介したものです」と述べている。
 これが、ublftboさんの『具体的な説明については、参考文献を見て頂ければ。』のコメントに端を発する「参考文献を見て」、「参考文献では~」といった『参考文献ラッシュ!』の正当化の背景にあるんだろうね。
 言うなれば「私は大村さんの言ったことを伝えているだけ」という意識。

 でも、実際は勝手に「ほんの少しアレンジ」しちゃっているわけだし、そもそもそれをあえて自分のブログの記事にした、という所に“ublftboさんの意図”が介在しているはず。
果たして、件の議員さんの一連の発言、「論理的」に考えてみると、どう見ることが出来るでしょうか。

 なんてのも「大村さんの問題提起」ではなく、「大村さんの問題提起を利用した、ublftboさんからの問題提起」ではなかったのかい?

 おそらく、少なくとも記事を書いた当時は、ublftboさんもそう認識していたんじゃないかなぁ。それは、「バカじゃない、薔薇だ」の冒頭で回答を寄せたrosechildさんに対するこのコメント見れば分かる。
らんぼうに見える問いを丁寧に考えて頂き、恐縮でございます。

 もし、自分の問いではなく、大村氏の問いと認識していたなら、ublftboさんが恐縮する筋合いも無いし、「らんぼうな」と卑下したりもしないだろう(てか、それは参考文献の著者にあまりにも失礼)。
 さらにそれを裏付けるのは、記事の最後の方のこの記述。
くだんの議員さんが、「ただいまの失言を取り消します。町会議員は全員バカです」(『論理と集合のはなし』(P6))と言えば痛快であったかも、とは参考文献の著者、大村氏の評であります。

 あえて「これは大村氏の評」とわざわざ明記するのは、他の部分はそうではないという意識があったからでしょ?
 「バカじゃない、薔薇だ」で『解答』として示した記載も、当然参考文献の影響は受けているだろうけど、ublftboさんがそれを咀嚼し、自分で「論理的に考えて」正しいと判断したものを示したつもりだったと思うんだけどね。

 そして、そう考えるのは私だけではなく、それこそrosechildさんやspiklenci-slastiさんもそうだったからこそ、コメントはあくまで「ublftboさん」に向けられていたはず。

 まぁ、spiklenci-slastiさんは「参考文献」に関する質問も結構しているけど、「参考文献の内容」自体が焦点なんじゃなく、“ublftboさんの迷走”理解のための材料として「ublftboさんが参考文献のどんな記載をどう解釈してしまっているか」が知りたかったんだと思う。


【論理的手続きの崩壊と心の闇】

 んで、rosechildさんとspiklenci-slastiさんのお二人は、基本的に「ublftboさんの解答」には異を唱えているわけですね。

 だったら、「論理的な答えが分かれるのはおかしいから、どれが論理的整合性を持つか比較検討してみよう」となってもいいはず。
 というか、『「論理的」に考える』とはそういう事だろう。

 しかし、ublftboさんはそれは選択しなかった。で、何を言うかというと...
レス書いていたら、自分の頭が混乱し、途中で破棄しましたorz

色々書いておきながら、きちんと説明するにまるで知識が足りていないと痛感した次第。ちょっとこれは宿題にしなくてはなりません。
具体的な説明については、参考文献を見て頂ければ。

 ...これは一見、自らの能力不足を認めた殊勝なコメントに読める。
 しかし、私はここに2つの”心の闇”を見出すんだね。

 例えば『具体的な説明については、参考文献を見て頂ければ』のあたり。
 後々の責任転嫁の布石のようにも思えるケド(参考文献にとってはublftboさんの理解不足でやらかしたミスの尻ぬぐいを押し付けられた形だね)、そもそもublftboさんがその説明を読んでもなお上手く理解できなかったものを、なんで「具体的な説明」と評して人に読ませようとするのだろうか、と疑問が沸く。

 ublftboさんは「自分がわからない」というのがどういう事かよくわかっていない。
 「分からない」という事は「正しいか間違っているか」も分からないという事なんだけど、どうも「答えは正しい。自分が何故正しいかを理解できてないだけ」という『答えの先取り』をしてしまっている。
それがひとつ目の“心の闇”だ。

 同じ闇は『きちんと説明するにまるで知識が足りていない』にも現れている。
 この言葉の背景には、「知識が足りればきちんと説明できるはず」という意識があるんじゃないかな。 「そもそも説明不能(間違い)かもしれない」という疑いがここには無い(実は後から取って付けたようにこの可能性にも言及し始めるようにはなるけれど)。
 そこから、『権威者への盲信』という、もうひとつの“心の闇”も見出せる。


【論理的とはなんなのか】

 それでも「権威を信じる」というのは、「経験的には」有効性が高い方略ではある。
 でも、そもそもの話は「論理的に考える」だったはずだったんだよね。

 そう人には言っておいて、自分は「経験的に正しいと推測されるソースの受け売り」を語る。また、自分はよく知らない事に気付いた後ですらもその経験則に従って正しいという前提でしか語れない。そんなのは「論理的思考」なんかじゃない。

 論理的な思考というものは、「情報を吟味して結論を導く」もの。
 であれば、新たな知識が加わる毎に、結論が変わる可能性があるのは当然だよね。
 なのに、ublftboさんは、「知識が足りない」状況にもかかわらず、結論は既に決まっているように言う。
 そんな人はどうなるかというと、「(先に決めた)結論に添う知識」を受け入れ、「(先に決めた)結論に添わない知識」を無視するようになる。
 ご存じの方も多いと思うけれど「確証バイアス」のとりこになってしまうわけだ。

 そう思うと、『ちょっとこれは宿題にしなくてはなりません。』の“宿題”が意味するところは、「どちらが正しいか判断できる論理的思考力を鍛える」事ではなく、「自分の主張(ublftboさん的には大村氏の主張)を正当化できるよう都合の良い知識を集める」事なんじゃないのかな、と受け取れてしまう。

 ...というか、「知識が足りていない」って、あれだけの短い話を「論理的に考える」のに、どれほどの知識が必要なんだろ~か。
 足りないのは「知識量」?いや、私は「思考力」だと思う。


【今書ける所?】

 とはいえ、「自分の理解の足り無さ」を認めた以上(実際には「論理的思考力不足」だと思うが)、そこでやめとけばいいのに、こんな事を言って混乱を深めるんだよね。
で、今書ける所で言えば。

 「全ての議員はバカ」も意味する言明は、「ある議員はバカだ」的な特称判断ですよね。ベン図で言うと、二つの集合(議員集合とバカ集合)が重なっていればよいので、議員集合がバカ集合の部分集合であってもいいと。
つまり、
1)議員集合⊂バカ集合
2)議員集合∩バカ集合≠φ
この両方を意味する。

そして、「議員の半分はバカ」という言明は、量的な判断であるので、多分別の話なのだと思います。で、そこの所をちゃんと説明出来ないのですorz 大村さんの説明では、その言明は、上で示した2)を意味するので、否定は、ベン図で言うと、二つの集合が重ならない、もしくは片方が部分集合、のどちらかになると。

 まず、内容の詳細云々はさておき、非常に気になるのが『そして、「議員の半分はバカ」という言明は、量的な判断であるので、多分別の話なのだと思います。』というフレーズ。

 「今書ける所で言えば」なんて言うから、私達読み手は、「記事のublftboさんの説明」について、なんとかublftboさんが説明を試みようとしているんだろうと思って読む訳だ。
 しかし、いきなりそれは「別の話」だと言う。聞いている人はズルッとずっこけるよね。

 別の話を投げかけてどーする

 というか、他の人間はublftboさんが何をどう説明しようとしているのか、知りようがないんだよ。あたりまえだけど。だから、「別の話」なのかそうでないのかは、元の記事を書き、そして「今それについて書ける事」を言おうとしているublftboさんが判断するしかないはず。

 なのに、「多分~と思います」なんて第三者的な言い方されちゃうと...ねぇ。
 当の本人しか分からない事なのに、当の本人すら良く分からないのであれば、それ以外の人は100%分かりっこない。だから『そんなの知らんがな』としか言えない。

 そして、結局は『で、そこの所をちゃんと説明出来ないのですorz』なわけだ。

 オイオイ、ちゃんと説明できない、って事はちゃんと分かってない、って事だよー。
 そして、ちゃんと分かっていないのに「別の話」と思っちゃうの?「別の話」かそうでないのかは、分かってから判断すればいいんじゃないの?

 分からんなら余計な事は書かずに、分かってから書けばいいんじゃない?と思うのだけど、「分からないことを分からないまま憶測でモノを言う」ってのが、ublftboさんの言うところの「今書ける所」という代物なのか。

 ...ほらやっぱり、自分が分かってないということをよく分かっていない。
 そもそもの記事が、分からないくせに分かったつもりで話をしたおかげで、後になって『知識が足りていないと痛感』したのに、結局同じ事の繰り返し。
 
 「痛感」ねぇ...


【答え甲斐が無い】

 ところで、ublftboさんは裏でこっそり(かどうかしらんが)ツイッターで「A∩B≠φって、A⊂Bを含むですか?」と質問していた模様。

 それに答える形で、spiklenci-slastiさんが参入します。その後のコメント。
twitterで発した疑問については、リプライを二つ頂きました。
▼ 引  用 ▼
A≠φかつB≠φかつA∩B=φだとA⊄Bです。φ:空集合がすべての集合の部分集合なので、A=φなら、いつでもA⊂Bが成立します。
▲ 引  用 ▲
http://twitter.com/YJSZK/status/20031181267

▼ 引  用 ▼
AとBがともに空集合でない限り「A⊂B」ならば「A∩B≠φ」です。実際A⊂BならばA∩B=Aです。もし質問がそういう意味であれば。
▲ 引  用 ▲
http://twitter.com/_ayutat/status/20034494835

 うん...で...?...えっ、紹介するだけ!?
 それを自分はどう理解し、どう判断したかは言わないんだ...これほどリプライのかいのない引用のされ方はそう無いゾ。

 しかも、引用しておいて、いう事がこれだ。
ちなみに、上の1)と2)などは、大村さんの説明をそのまま書いてあります。
つまり、単にA∩B≠φといった場合には、A⊂B ではないという説明(A≠φかつB≠φ)。つまり、ベン図で言うと、ダルマ型の状態のみを指すと。であるから、「あるAはB」という命題は、1)と2)の両方を満たすと書いてあるのですね。

 言っている事は2つ目に引用した発言を否定する内容なんだよね。
 聞くから答えてやったのに、「でも大村さんはこう言っているんですよ」と全く逆の事を述べる、これでは_ayutatさんもいい面の皮だ。

 ちなみに、spiklenci-slastiさんは後の方で、これに関してtwitterの回答にあった『A≠φかつB≠φかつA∩B=φだとA⊄B』というリプライを『A≠φかつB≠φかつA∩B≠φだとA⊄B』と読み違えた(A∩B=φをA∩B≠φに)ことにより生じた記述なのでは、と疑問を延べている。

 そのublftboさん回答がコレ
A集合とB集合共に要素が一つ以上存在する、という前提を書いたものだったと思います。つまり、議員集合とバカ集合はともに一人以上いる。
確か、~の時、という意味ではなく、本書の記述では~、という感じで書いたはずです。 「大村さんの説明をそのまま書いて」として続けているので、そういう感じです。

 「確認するのも思い出すのもめんどくせーや」という感じがアリアリなんですけど。
 「感じ」って何、「感じ」って。自分が書いた事だろうに。

 てか、「単にA∩B≠φといった場合には、A⊂Bではない」のどこが「A集合とB集合共に要素が一つ以上存在する、という前提」なんだろうか。辻褄を合わせようとする気すら無いようだ。

 この曖昧で筋が通らない説明を見ると、spiklenci-slastiさんの推理が真実味を帯びて来るんですけど、実際どうなんでしょうね。


【参考文献ラッシュ!】

 ところで最初の方で『参考文献ラッシュ!』てな事を言ったけど、その具体的状況をみて見よう。
「実は」の段落は激しく読みにくい(^^; これは参考文献を直接参照して頂かないとちょっと説明が、、、いや、数ページにわたって引用すればいいことではありますが。。。

 当人がそれを読んでも理解できなかったから激しく読みにくい文章しか書けないんじゃないのカナ。自分が理解できないなら、数ページにわたって引用すれば“よい”かどうかわからんはずだろ。
 何この丸投げ。

 というか、別に、rosechildさんと、spiklenci-slastiさんは「大村某」の記述を知りたくて来ているわけじゃない。あくまで、Ublftboさんの考えを聞きに来ているんだよ。
 だから、「数ページにわたって引用してもらう」必要は全く感じていないんじゃないかな(他人の意見を引っ張り出して自分の話を代わりに説明してもらおう、というあさってな企みを持つUblftboさんにとっては必要だろうけど)。
参考文献を読んで頂かないと埒が明かないと書いたのは、そもそも私が大村さんの記述に沿った書き方をしているからで、読んでもらった方が手っ取り早いからです。

 当人はこの主張を妥当だと思っているのだろうけどねぇ...。
 周りから見れば、読んだ上で「上手く説明できない」と匙を投げた人が、「大村さんの記述に沿った書き方」をできるはずねーだろ、と考える方が妥当。

 埒が明かないのは、自分がよく理解できていない本をしきりに読ませようとするublftboさんの方。

 同じような事を言って埒が明かない人を私はもう1人知っている。
 心理学も科学もよく理解していないくせに「私は心理学者の言い分をそのまま言っているだけです」なんて平気で言う人なんだけどね(それはublftboさんもよくご存じの人のはず)。


【お前は大村教の信者か!】

 そして、『参考文献ラッシュ!』に似たようなものに、『大村リスペクト!』があります。
大村さんは、「議員の半分はバカ」を「あるSに限ってP」と表現しています。「あるSはP」と別のものとして扱っている訳です。
だからその否定が、「議員の全員がバカ(全てのSがP)」「議員にバカはいない(PであるSは存在しない)」である、と大村さんは書いています

私は、「全ての議員はバカ」は「議員の半分はバカ」を「含意しない」と言った訳です。なぜならば、「議員の半分はバカ」は、「バカ属性を持つ議員の要素数は議員サイズの1/2」であるからです。少なくとも大村さんはそう書いています。

もう一回言うと、大村さんは、「議員の半分はバカ」を、「一部のSに限ってP」と書いています。

大村さんが書いた“からどうなのか”、ぜひそこをハッキリ言ってほしいところだ。

 rosechildさんやspiklenci-slastiさんはきっと、
「大村さんはもう分かったから、それについてublftboさんはどう考えているんだよ」
 って言いたかったんじゃないと思います。

 というか、自分はあたかも「大村氏の仲介者」気取りで、標的を「大村さん」にしようしようとしているよね。でも、実際は「上手く説明できない」と匙を投げた時点で、「大村氏の仲介者」の資格すら無いんはずなんだけどさ。

 そして、これは本当に偶然の仕業なんですが、先に触れた「埒が明かない人」も「大村さん」を連呼するんですよね(違う大村さんですが)。
 だから、嫌でもその人とublftboさんがオーバーラップしてしまいます...。


【「自分は悪くない」という心の闇】

 この、『参考文献ラッシュ!』と『大村リスペクト!』から見えてくる“心の闇”は、「自分は悪くない」という『保身のための責任転嫁』。

 私が言ってるんじゃない、参考文献に書いてあるんだ
 私が言っているんじゃない、大村さんが言っているんだ

 ublftboさんが言い出しっぺのこの話題なのに、それを奇麗さっぱり忘れて、本気で「問題にするなら大村氏を問題にすべきだ」と考えているのかもしれない。
 「自分は単に紹介しただけだから、悪くない」ってね。
 
 その意識が、ついには「自分は善意で参考文献の紹介をしてやってるんだ」という意識になっちゃっているんじゃないカナ。心の中では「知りたきゃ自分で読めよ、ったく」なんて思っている。

 でも、しつこいようだけどrosechildさんやspiklenci-slastiさんが知りたいのは、あくまで「ublftboさんの考え」なんだよね。でも、ublftboさんがしきりに「参考文献が~」と言うので、そこにublftboさんの迷走を解くカギがあるかもしれない、と考えているから問い返しているにすぎないんじゃない?

 rosechildさんやspiklenci-slastiさんが知りたい「ublftboさんがどう考えているか」は「大村氏の本」には書いていなんだよね。
 2人の眼はublftboさんを見ている。だけど、ublftboさんの眼は参考文献である「大村氏の本」しか見てない。それがublftboさんひとりよがりな暴走・迷走・空回りにつながっている、と私は見る。

 その空回りの果てに、ついにublftboさんは『論理と集合のはなし』(P178~183)を“ただ書き写したもの”をUPする、という暴挙に出る。
 「それをする事を求められている」と勝手に思い込んでいたのはublftboさんだけで、他の2人はそれをする事が必要だとは言っていないのに…

 何より、その後のublftboさんの愚痴がすごい。
みなさん(推測)、私があれほど言ったのに、参考文献を読まれていなかったのですね。 ここ最近のやり取りの中では一番疲れました(愚痴です)。

 求められてない事を自分の思惑で勝手にやっておいて、「疲れました」もないだろう。

 自分の説明が通じないのは、私の言う事を聞かずに参考文献を読まなかった相手のせい。
 自分が「全文引用」して疲れたのも、言うこと聞かなかった相手のせい。
 そう思っているのがアリアリと現れています。

 「引用しかできないのは、自分が説明できないせい」とは考えないのかな。
 しかも、自分で説明できない引用をいくら繰り返しても意味はないのに。

 この勘違いも甚だしい発言に対し、rosechildさんは『この議論が私(たち)が読んでること前提で進んでいるとは全然思っておりませんでした。』と反応します。
 その返答がこれ...。
読んでること前提なんて言っておりません。そう思っていたら引用などしないので。

 いざ問い返されると「言ってはいない」って、なんとも幼稚な開き直り。
 てか、“そう思っていないのなら”、「あれほど言ったのに」とか「ここ最近のやり取りの中では一番疲れました」とかワザワザ言わないんじゃない?


【集大成】

 つっこめるところはまだまだあるんだけれど、全部書いたら大変な量になるし(ここまででも既に大変な量だ)、ublftboさんの記事に対する最終的なコメントは、なんか『集大成!!』って感じだったので、これにまとめの意味でつっこんで終わりにしましょう。
今まで参考文献をことあるごとに勧めてきたので、その中に、主旨にまつわる許容出来ない誤りが含まれているのなら、今後勧めない、もしくは注釈付きで勧める、とせざるを得ないので、それを判断するためにも「分からない(分からなくなった)」と現時点での認識を何度か書いた訳です。

 自分が散々勧めてきたものについて、もし誤りがあるなら扱いを変える必要があるから(それを自分で判断しようとするのではなく)自分の「分からない」という認識を書いたって...ナニコレ?

 自分が薦めてきた本が、ホントに正しいのかどうか分からなくなったのなら、薦めてきた者の責として、自分で判断しなさいよ。それができないなら、勧めない、って判断するが当たり前なんじゃない?

 なのに、『「分からない」という認識を示す』ってなんなんだろう。自分で勧めてた本が正しいか自分では分からなくなったから、誰か判断してください、って事なんだろうか。
で、考える対象は、大村平の記述が数学的に許容可能か、ということにシフトしてきたので、当該文献を参照しないと埒が明かないだろう、と書きました。

 シフトと言うよりすり替えだよね。
 本来、大村氏の記述が数学的に許容可能か否かについて、ublftboさんは「論理的には」どう考えるのか、というのが答えるべきところだろう。
 それを華麗にスルーし、混乱は「参考文献を読まない」2人のせいにするために、大村氏の問題にすり替えとようとするとは、何とも都合のいい考えかただ。

 そもそも自分が「バラーチャイルド氏記念」を書いて、そして「バカじゃない、薔薇だ」を書いたコトが、議論の発端だって自覚が無いよね。

 本来まずすべきは、「ublftboさんの記述が数学的に許容可能か」じゃないの?
 そして、それを検証するには、別に「大村氏の本」を輪読する必要は無く、何が論理的かを把握した上でそれを当て嵌めれて考えればいいだけの話なんだよね。
 ublftboさんが大村氏の記述に従ったか従わないか、なんてのは、ublftboさんの内的な問題にすぎないわけで、大村氏をあえて選んだのはublftboさんなのだから他人が付き合うべき話ではない。

 「大村氏の記述」に疑問があるならば、それは直接大村氏に言うべき事で(ご存命かしらないけれど)、わざわざ「読んでも理解していない」ublftboさんを介する必要は無い。
 なのに、何故ublftboさんのブログのコメント欄で、ublftboさんに対するコメントが出るのか?
 それは、「大村氏の記述」ではなく、「ublftboさんの記述」に疑問があるから、ublftboさんに言っているんだよ。

 そこをこの人は分かっていない。
 いや、分かっていても何も言える事が無いから「大村さん」にすり替えようとしているのかもしれないケド。

 あと、参考文献や大村氏を持ち出す理由も、途中で変わっている気がする。
 最初は「権威者である大村氏が言っているから正しいんだ」という事を暗に示すためだったけど、旗色悪くなってくると「間違っているとすれば私のせいではなく、大村氏のせいだ」という事を暗に示すために使った、そんなところじゃなかろうか。
ちなみに、私は、そういうつもりで書いた、とは言え、自分の書いたものが自分の認識通りに読んでもらえる、と思っていた訳ではありませんでした。だから、
▼ 引  用 ▼
「実は」の段落は激しく読みにくい(^^; これは参考文献を直接参照して頂かないとちょっと説明が、、、いや、数ページにわたって引用すればいいことではありますが。。。
▲ 引  用 ▲
こう書いたのです。これって真面目に書いたんです。参考文献読んでもらわんと自分ではちゃんと説明出来ない、てはっきり書いてますよね。

 正直、ひどくどうでもいい事。
 自分の能力不足を、何でこんなに偉そうに言えるのだろう。

 「自分の書いたものが自分の認識通りに読んでもらえる、と思っていた訳ではありません」と思ったのならば、なんで認識通りに読んでもらえるようがんばらないのだ?
 「激しく読みにくい(^^;」と卑下して見せれば自分の責任は終了だとでも?

 そんな勝手な責任放棄だけでは飽きたらず、自分の能力不足をフォローするために他人に「参考文献を読む」事を要求しようとする、そんな『依存を当然と思う心』がスゴイ。
 「はっきり書いてますよね。」と凄んで念を押しているけど、そんな事をはっきり書いてしまう神経がそもそもおかしくないか?

 それと、繰り返しになるけど、「参考文献読んでもらわんと自分ではちゃんと説明出来ない」って言うけど、自分は既に読んでいるにもかかわらずちゃんと説明できないのに、どうして、他人が参考文献を読めば説明できる、と思い込めるのか非常に不可思議。

 この『依存を当然と思う心』もまた、“心の闇”のひとつ。

 これは『保身のための責任転嫁』に近いものがあるけれど、「自分が上手くいかないのは、自分以外の誰かのせいだ」と考えたがる傾向。
 おそらくは、「自分は正しいから、他人はそれに手を貸すべきだ」と思っているのではないか。

 批判の目、疑いの目を、自分自身には絶対に向けず、外に外に向ける。
 だから、他人から見れば滅茶苦茶で勝手な要求も、平然と言えるんじゃないかな。


【まとめ】

 今回は『答えの先取り』、『権威への盲信』、『保身のための責任転嫁』、『依存を当然と思う心』という4つの“心の闇”を指摘した。
 まぁ、“心の闇”って、ちと大げさだったかと今は反省している。
 また、実は重複する部分もあったりして、分類が上手くいっているとは言えないけれど、この程度で勘弁してほしい。

 んで、おそらく良識ある皆さんは、この4つの“心の闇”が自分にもいくらか当てはまる場面があると考えたのではないでしょうか。

 その通りなんです。
 この“闇”はublftboさんだけでなく、誰にでもある。私にだって当然ある。
 ちょっと油断すると、すぐ顔を出そうとする、そんな厄介な代物。
 でも、それが自分にある事に気付いていれば、その“闇”が顔を出すのを「理性」で抑えようとする事ができるんだよね。

 だけど、気付かなければ「抑える」という意識すら生じない。そうすると、いくら当人が理性的に話している”つもり“であっても、”闇“がだだ漏れになる。
 その場合、当人はいくら適切な事を言っている“つもり”であっても、他者の判断は全く逆になっちゃったりする。しかも、そのギャップに、”闇“はさらに付け込む。
 「自分は正しいのに認められないのは、認めない奴がおかしいんだ」
 そして、「(邪な理由で)わざと分からないフリをしている」という陰謀論的な結論に安易に飛びつき、実質的な思考停止に陥っちゃったりする。

 ちなみにこのパターンは、「ニセ科学」の主張にもよくあると同時に、「ニセ科学批判」の主張にも結構見つけられる。
 まぁ、結局のところ、誰でもそうなりがち、って事なんだけどね。

 ただその中でも。ublftboさんは”頭にAが付く人”に匹敵するぐらい、“闇”の顕在化が甚だしいし、にもかかわらず、「ニセ科学批判」やったり、「論理」について何か物申したりしていたりするので、あえてスケープゴートとして取り上げてみた。


【おまけ】

 ここまでの文章を読んで、指摘した“心の闇”を頭に叩き込んでからublftboさんトコの『届けたい』を読んでみて欲しい。
 一見、すがすがしくてやさしい文章が、ドロドロして高圧的な文章に思えるようになるから。

 これを読んで「お前がそうして欲しいんだろ」と私は思ったね。

 わけのわからん事、あるいは筋の通らない事を言うから、「そんなんでは届かないよ」とツッこみたくなるんです。

 でも、そのツッコミはその人に「それでは伝わらない」事を教えてくれるはずです。
 「どうにかして言葉を届けたい。なんとかしたい」と本気で思っているなら、それを素直に受け止めてTRY&ERRORで頑張ればいいじゃないか。

 でも、「伝わらないかも知れないけれど」という“先言い訳”を準備しておく事で「伝わらない」事実から目を背け、「一生懸命やっているのに、なんだその言い草は」とむくれてみせる。
 そんなんでは「伝えたい気持ち」なんて実は薄っぺらってコト。
 結局「一生懸命やっている自分」を誰かに褒めて欲しいだけ。

 そもそも、「何を届かせたいのか」を正しく知っているのは自分だけのはず。
 自分しかできない事を、人に期待する、そんなバカげた事は無い。
 その人しかできない事をその人ができない(ちゃんとやろうとしない)なら、他の人はできるわけない。

 そんな届かない言葉で、一体誰に何を届けたいのですか?
 それも分からん状況で、いったい一緒に何を届ければいいのですか?何を補えばいいのですか?何を工夫すればいいのですか?

要約すると
「自分は“正しいことを言っているはずだから”、主張に疑問を感じても、つべこべ文句を言わずに、そっちで“正しいもの”と解釈するよう努力し、他の人にもそう伝えろ」
って事?
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cosi

お久しぶりです。Judgement節、相変わらず冴え渡ってますね~。
ublftboさんの心の闇、いや私たちにも潜む心の闇に、鋭く迫っていますね。

正直なところ、統計もなにもわからない、非論理的な私は、ublftboさんの言うことは、「理解できないけど、なんか頭良さそう~」という印象を抱いてしまい、圧倒されます。Judgementさんのおかげで、私の頭の闇も少し取り払われました。

4つの心の闇の一つの「依存を当然と思う心」が、私としては気になるテーマです。一番自分自身にあてはまるから、また、kikulogのホメオパシー批判の一部の人にもあてはまる点だからです。

ニセ科学信奉者も、ニセ科学批判者も、対象の差こそあれ、なにかに依存していないと不安でたまらないという、心の闇を抱えているのではないでしょうか?
自分自身を直視すると、その卑小さに耐えられなくなるので、なんらかの思想に心酔したり、批判活動に夢中になることにより、興奮や快感が得られる。
依存症の一種ではないでしょうか?
私自身がそういうところがあるので、そういう心理は理解しやすいです。

ublftboさんも、実はコンプレックスの塊で、必死で偉くみせようとしているのかな~なんて思うと、Judgementさんのような、本当に能力の高い人にぶった切られて可哀想な感じもしますが、仕方ありません。
外科手術は時に必要なものですからね。そこから、ublftboさんも再生することでしょう。

ところで、今年は、Judgementさんに甘えさせてもらって、いろいろとコメントを書かせていただき、ありがとうございました。私が書きすぎたことで、ご迷惑をおかけしてしまったりは、なかったでしょうか?

いろいろと勉強になるアドバイスもしていただき、お歳暮かお年始をお送りすべきところなのですが、「依存を当然と思う心」の強い私、すっかり甘えさせてらっております。申し訳ありません。

来年もJudgementさんのブログ楽しみにしております~。良いお年を!
by cosi (2010-12-28 00:55) 

Judgement

あらあら、お久しぶり~。

>私が書きすぎたことで、ご迷惑をおかけしてしまったりは、なかったでしょうか?
ないない。
少なくとも、書かなすぎより、書きすぎるぐらいが私は好きだ。

>「理解できないけど、なんか頭良さそう~」
 私に言わせれば、「理解できない」話をする人は、当人も「理解できてない」んだよ。
 "受け売り”でしかモノが言えないから、
 勢い”難しい単語”や”難しい言い回し”ばかりになる。

 むしろ私は、その手の人は「ああ、頭いいつもりのたちの悪いバカだなぁ」って思うし
 私に理解できるように説明できる人ほど「なんか頭良さそう~」って思う。
 ついでに言えば、何かと話がまわりくどくて長い私自身も「バカだなぁ」って思ってる。でも、それがバランス取るためにも丁度いいと思う。
 ...だから「能力の高い人」なんて言っちゃイヤん
 
>自分自身を直視すると、その卑小さに耐えられなくなるので、
>なんらかの思想に心酔したり、批判活動に夢中になることにより、
>興奮や快感が得られる。

実は、心理学ではまさにそういう指摘がされていますよ。
(何と言う研究かは忘れた)
興奮や快感、というよりかは”逃避”ですかね。
でも、それも誰にでも当てはまる事で、
違いはやっぱりそれを気付くか気付かないかなんだと思う。

>お歳暮かお年始をお送りすべきところなのですが
いや、そこは甘えなくていいから....

ではでは、良いお年を!
でも、プログ更新はそんなに期待しないでネ
by Judgement (2010-12-28 01:53) 

necromancer

>どうせ誰も待っちゃいないし、

首を長くして待っていましたよ。
件のやり取りを読んで、皮膚感覚的に感じていたもやもやが晴れました。
野次馬根性的には、あとの4分の3も是非読んでみたい気がします。

でも私にとってはかなりの謎だった「読んでいないのか」という愚痴と「読めといったつもりはない」とのつながりは、「え、そんなことなの?まさか!」といったところです。何か高度なディベートのテクニックでも介在しているのかと思っていましたから。
by necromancer (2010-12-28 17:27) 

Judgement

おりゃ、これまた久しぶり。
技術開発者批判の時に登場した方ね
(と、すごい記憶力を持つフリをしつつ、実は調べた)

>何か高度なディベートのテクニックでも介在しているのかと思っていましたから。
ああ、深読みは良くない。
ガキ...もとい、お子ちゃまを想定した方がわかりやすい

口に出さずに”そぶり”で示す。んで、自分の気持ちを”察して”もらって、
「ごめんなさい」とか「本当にありがとうございます」と
相手から自分への気遣いを言ってほしかったんですよ、きっと。
でも、そうじゃなくて、非難っぽい事を言われたから、
むくれてしょーもない言い訳しちゃうんだな。

しかし、cosiさんや、necromancerさんに念のため言っておくけど
>私の頭の闇も少し取り払われました。
>もやもやが晴れました。
とか、そういうのいかんぜよ。

嬉しくないか、というと正直嬉しくなくはないけど、困るところもある。
「人の話は疑って聞こう」と考える私だからこそ
私の話も、素直に信じられるより、疑ってくれる方がいい。
それと、私のやっているのは、「疑い方の一例」ぐらいなもので
あとは、それをアレンジして、自分で闇やもやもやを晴らしてくだされ~。

といいつつ、今後もご愛読のほど、よろしくお願いします。
by Judgement (2010-12-28 23:44) 

necromancer

>それと、私のやっているのは、「疑い方の一例」ぐらいなもので
あとは、それをアレンジして、自分で闇やもやもやを晴らしてくだされ~。

うーん、これだけわかりやすくかつ説得力あふれる疑いの例を示されると、他の疑い方なんかあるのかな、なんて思ってしまいます。しかも全体にわたって徹底しているし。Judgementさんの性格って・・・(個人的にはほめ言葉です)。

ところで、あの頃に比べて、来客が非常に少ないですね。ニセ科学批判をもっと質の高いものにするために傾聴すべきエントリーが、最近も結構あると思うのですが、不思議です。
by necromancer (2010-12-29 11:11) 

Judgement

あけました

>ところで、あの頃に比べて、来客が非常に少ないですね。

いや、こんなに更新の遅いブログにしては、結構来てくれている人はいるみたいですよ。
どんな人が来ているかは分かりませんが。

まぁ、来たら必ずコメントしなくてはならんもんでもないし
そもそも、わざわざコメントしてくれる人に対し、
時には容赦なく徹底的に晒し挙げるようなブログには
誰だって書き込むのは二の足踏むんじゃない?

>ニセ科学批判をもっと質の高いものにするために傾聴すべきエントリーが
>最近も結構あると思うのですが、不思議です。

評価してくれるのはありがたいけど
ここなんかよりレベル高いところは山ほどあるわけだから
あまり相手にされなくても、私は不思議じゃない。


てか、ニセ科学批判やっている人の中には、
「以前の記事に書いている」とか
しまいにや「他のトコで既に触れた」なんて喚いて
「そんな事も踏まえないで批判するな!」と凄む人がいるけど、
どんだけ自分が注目されているつもりなんだよ、って感じ。

わたしゃ、そうはなりたくないから「読まれて無くても仕方ない」って自戒しておくんだ。
by Judgement (2011-01-07 02:01) 

spiklenci-slasti

はじめまして。
このエントリの議論のなかに、誤読にもとづいている、または牽強付会ぎみなのではないかとわたしに思われる箇所がいくつかありました。そこで、僭越ながら、以下に、それらについての指摘をします。なお、わたしは言及先のやりとりの当事者のひとりです。したがって、そのやりとりを、完全に俯瞰的に、第三者視点で見ることは不可能です。そのへんの事情がわたしの読解の健全性を毀損していないとよいな、と思うのですが、しかし実際のところどうなっているかはわかりません。そんなわけで、認識の健全性が通常以上に不透明な状態にあるのですが、ここはひとつ(Judgementさんへの)「依存を当然と思う心」を発揮して、長文コメントを投下してしまおうと思います。以下の指摘の健全性について、どうぞご検討くださるようお願いします。また、この「依存」の埋め合わせとなるかはわかりませんが(というか、ならないと思いますが)、わたしのこのコメントをあんまりなものと思われた場合に、Judgementさんがそれをさらなる「心の闇」解説エントリの土台となさることについて、「どんどん書いちゃってくださいな」というコメントを、先手を打ってここに書いておくことにします。こちらもどうぞご検討ください。なお、以下では、このエントリからの引用部分をカギカッコ「」で、言及先エントリおよびコメント欄からの引用部分を二重カギカッコ『』でくくります。

まず、【今書ける所?】について。
引用されているublftboさんのコメントが「記事のublftboさんの説明」とは「別の話を投げかけて」いるものであるとは、わたしは考えません。このコメントが投下されたのは、ublftboさんのエントリを受けて、rosechildさんが『「全ての議員はバカ」は「議員の半分はバカ」を含意すると思う』とコメントなさったその直後においてです。ここで、『「全ての議員はバカ」は「議員の半分はバカ」を含意する』というのは、『全ての議員はバカ』は『議員の半分はバカ』を肯定する命題である、という意味です。とすれば、これは、『全ての議員はバカ』という言明が『議員の半分はバカ』の否定となる、という主張と真っ向から対立します。したがって、rosechildさんのこのコメントは、ublftboさんのエントリの内容を否定するものであるということになります。そして、rosechildさんのこのコメントへの応答としてublftboさんが投下なさったのが、問題のコメントです。その、問題のコメントを、rosechildさんのコメントとの対応関係が明瞭となるように暗黙の前提を明示し、『別の話』ということばにフォーカスしたかたちで換言すると、以下のようになるでしょう(なお、ublftboさんご自身による解説が http://d.hatena.ne.jp/ublftbo/20100731/1280506795#c1280790981 にあります)。
▼以下パラフレーズ▼
かりに、rosechildさんのおっしゃるとおり、『「全ての議員はバカ」は「議員の半分はバカ」を含意する』としよう。すると、『議員の半分はバカ』は、『全ての議員はバカ』である可能性を排除しない。つまり、後者は前者の否定とはならない。したがって、たしかにこのエントリ『バカじゃない、薔薇だ』は間違っているということになる。←ここまで文脈上の前提。ここからコメント本文の要旨→しかし、『全ての議員はバカ』である可能性を排除しない(『「全ての議員はバカ」も意味する』)のは、『「ある議員はバカだ」的な特殊判断』であろう。『議員の半分はバカ』は『量的な判断』であるがゆえに、そのような『特殊判断』とは『別の話』であり、『全ての議員はバカ』の可能性を排除するのだと思う。たぶん。とりあえず大村さんの説明では、そういうことになっている。(そしてもしもそれが正しければ、このエントリは間違っていないことになる。)しかしそれをちゃんと説明することはできないorz。
▲以上パラフレーズ▲
この応答が、rosechildさんが提示なさった反論の主旨をただしくふまえたうえでなされたものであると言えるかどうかはともかくとして(最初のrosechildさんのコメントは、あきらかに、『量的な判断』をもその射程におさめたものとなっています)。これはいちおう、rosechildさんによる反論をご自身のエントリ内容と対応づける、という体裁のものとなっています。『別の話』ということばはその対応づけのためにもちいられているのであり――ublftboさんがおっしゃっていたことは、ちょう乱暴に要約してしまえば、“rosechildさんのコメントの議論が、エントリが扱っている言明とは『別の話』にのみ適用され得るものなのではないか”ということです――コメントの前段あるいは後段においてublftboさんご自身が「記事のublftboさんの説明」と「別の話を投げかけて」いることを示すためにもちいられているのではありません。したがって、ここにおいて、「別の話を投げかけてどーする」というJudgementさんのつっこみは、まとをはずしたものとなってしまっていると考えます(なお、ublftboさんのこのコメントは、表現が曖昧なこともあり、わたしも当時はすこし誤読しているところがありました。しかし、そんな自分を棚にあげて言ってしまいますが。「別の話」ということばに反応して「ズルッとずっこける」ような読解は、この言及先エントリおよびコメント欄のながれにおいては、さすがに無理があるでしょう。部分に目がいきすぎだと思います)。
また、このコメントが「分からないことを分からないまま憶測でモノを言」っているものであるとも、わたしは考えません。「分からないことを分からないまま憶測でモノを言う」という評価が適切であるのは――すくなくともそれを直截にネガティヴな意味あいでもちいることが正当化されるのは――ほんらい「憶測」にすぎないものを「憶測」以上のものとして提示した場合にかぎられると考えます。そして、ublftboさんは、このコメントにおいて、『多分』や『ちゃんと説明出来ないのですorz』といった表現をもちいることによって、その内容が「憶測」であることを明示しておられます。一般に、やりとりがかみあっていない場面において、自身の認識を、できるだけ正確なかたちで(『今書ける所で』)開陳することは、たとえそれが「憶測」であったとしても、建設的な方向へ作用し得る行為であり、それ自体で非難されるべきではないでしょう。
たとえば――以下、言及先と似たような状況をつくろうとしたら、へんな例ができあがってしまいました。でもたぶん雰囲気は感じとってもらえると思います――あるひと(Aさん)が“直観主義論理の体系において(P→¬P)→¬Pは定理である”という主張をしているという場面を考えてみます。ここで、その主張に対して、Bさんから“マジで?”というコメントがとどいたとします。さらに、それを受けて、Aさんは“マジで”と答えたうえで、直観主義論理に対する自然演繹の体系におけるその定理の証明をしてみせたが、全然理解してもらえなかった、とします。このとき、Bさんが、たとえば、“よくわからないけど、直観主義論理の体系では背理法が成立しないと聞いた。この定理はまさに背理法を表わしているから、間違いじゃないのか”などと言ってくれれば、“一般に背理法と呼ばれる推論規則には複数の種類が存在する。直観主義論理の体系において認められないのは、ある論理式の一重否定を仮定して矛盾が導かれることをもってその論理式の肯定を演繹するという、狭義の背理法である。ある論理式の肯定を仮定して矛盾が導かれることをもってその論理式の一重否定を演繹することは、直観主義論理の体系においても認められる。意味論てきに説明すると……”とかいうふうに、認識の齟齬の原因を明確にふまえた建設的なかたちで議論をすすめることができて、みんなハッピーです。
というわけで、本人が明瞭に理解できておらず、それゆえに「正しいか間違っているか」もわからないような事柄についての憶測的な情報であっても、それがやりとりといくらかでも関連し得るものであれば、それを即座に「余計な事」と断ずることはできないと考えます(むしろ、それは、基本的には歓迎されるべきものである、とも考えます)。このublftboさんのコメントについて言えば、そこにふくまれる「憶測」は、『量的な判断』と『特殊判断』の切り分けという論点をあらたに提示するものとなっています(さらに、その切り分けの適切性を正当化する理路をublftboさんご自身が有しておられないことや、大村さんの本を読むことでublftboさんがそのような示唆を受けとられたことなどが、情報として提供されています)。この論点提示は、残念ながら、みのりのある議論へと通じるものではありませんでした。しかし、それは、このコメントの内容が「憶測」であったからでは――すくなくとも直截的な意味においては――ありません。
なお、わたしは、ublftboさんがもしもこのコメントに書いてあると同様の認識のもとでエントリ本文も書かれたのだとすれば、それは、「分からないことを分からないまま憶測でモノを言」ってしまっているという点において非難されても仕方のない行為であると考えます(そして、ublftboさんはご自分でそのことに気づかれたがゆえに、Judgementさんも引用していらっしゃる『知識が足りていないと痛感した次第。ちょっとこれは宿題にしなくてはなりません』というコメントをなさったのでしょう)。しかし、上述したように、わたしは、ublftboさんのこのコメントについては、「分からないことを分からないまま憶測でモノを言」っているものであるとは考えません。そのため、わたしは、ublftboさんがここで「結局同じ事の繰り返し」におちいっているとも言えない、と考えます。すくなくとも、このコメントは、そこに書かれていることが「憶測」であるという点において非難されるべきものではないはずです(「内容の詳細」にまでふみこめば、いろいろとつっこみどころもあるかとは思いますが)。

つづいて、【答え甲斐が無い】における、わたしの「推理」にかんする箇所について。
Judgementさんによる、「てか、「単にA∩B≠φといった場合には、A⊂Bではない」のどこが「A集合とB集合共に要素が一つ以上存在する、という前提」なんだろうか。辻褄を合わせようとする気すら無いようだ」というご指摘は、もしも文章のコピペミスなどでないのならば、不誠実な引用にもとづいた不当な批判であると考えます。ublftboさんのコメントにおける『A集合とB集合共に要素が一つ以上存在する、という前提を書いたもの』という表現は、(上記の引用においては省略されている)文末の『(A≠φかつB≠φ)』にかかっていると読むべきでしょう。さすがに、『単にA∩B≠φといった場合には、A⊂Bではないという説明』を『A集合とB集合共に要素が一つ以上存在する、という前提』と対応づけるようなかたではないと思います。ぶっとびすぎています。
なお、あのときわたしがした質問は、『A∩B=φ』を『A∩B≠φ』と読み違えたのか?というものでしたが、そもそも、なぜそのような発想にいたったかといえば。それは、『(A≠φかつB≠φ)』という、あまりにも自明なセンテンスの、あの文脈における存在意義を疑問に思ったからです。ですから、とうぜん、質問自体も『(A≠φかつB≠φ)』というセンテンスの存在を前提としたものとなっています。そのため、ublftboさんによる『A集合とB集合共に要素が一つ以上存在する、という前提を書いたものだったと思います』という回答も、納得がいくかどうかはともかくとして、とくにズレたものであるとは感じませんでした。

さいごに、『読んでること前提なんて言っておりません。そう思っていたら引用などしないので。』というublftboさんのコメントに対する、【「自分は悪くない」という心の闇】におけるつっこみについて。
ublftboさんのこのコメントに対して、Judgementさんは、「てか、“そう思っていないのなら”、「あれほど言ったのに」とか「ここ最近のやり取りの中では一番疲れました」とかワザワザ言わないんじゃない?」とつっこんでいらっしゃいます。しかし、このつっこみがクリティカルなものとなるのは、直前のrosechildさんのコメントに“わたしたちが参考文献を読むことがそこまでつよく要請されているとは思っていなかった”とかいうような意味の記述がふくまれており、かつ、ublftboさんが、その部分に対して“そんなこと言っていないし思ってもいない”と応答なさった場合でしょう。
『あれほど言ったのに』などのコメントからは、そのような要請がある程度以上の強度で存在していたことが示唆されますし、その点についてはわたしも当時すこしおどろきました(rosechildさんのコメントも、全体としては、そのようなおどろきを表現したものとなっていると思います)。しかし、『読んでること前提なんて言っておりません。そう思っていたら引用などしないので。』という、この突き放すような短文コメントそれ自体は、あの文脈においてもとくに矛盾をはらんだものではなく、したがって、セーフと言わざるを得ないと考えます。
“読むべきであること”や“読まねばならないということ”と、『読んでること』とは、まったくの別物です。わたしやrosechildさんが大村さんの本を“すでに”『読んでること前提』であるとは、ublftboさんはたしかに『言って』おられないし、また、そのような前提がなければでてこないような表現も、あのエントリおよびコメント欄のなかには、見あたりません。『私があれほど言ったのに、参考文献を読まれていなかったのですね[中略](愚痴です)。』という表現が示唆するのは、“あれだけ言ったのだから『参考文献』を読んでいてほしい”という希望や“あれだけ言ったのだから『参考文献』を読んでいるのでは”という期待がそれまでのublftboさんのなかに存在した、という程度のことであり、“読んでいるはずだ”という思い込み(『読んでること前提』)まではいきません。ということで、セーフです。まあ、こまかいことを言えば、『そう思っていたら引用などしない』という文が、rosechildさんのコメントにおける『進んでいるとは全然思っておりませんでした』という表現の時間的含意を無視したものとなっている点は若干気になりますが(かつて『読んでること前提』で議論が進んでいたが、その前提に決定的な疑念が生じたため引用を決行した、という状況を想定することがじゅうぶん可能です)。

とまあ、以上です。なお、言及しなかった部分の正当性についてわたしがなんらかの意思表示をおこなったとは考えないでください。というのも、当事者であるがゆえに見方の健全性をつよく保証できないという立場においても言及可能であると判断した箇所についてのみ指摘するにとどめましたので。

---

ところで、わたし自身は、この言及先のやりとりについて、ものすごくいろいろと思うところがあります。諸事情から若干のパニック状態にもおちいり、夏バテもあいまってすこしやせました(去年の夏は、すくなくともわたしの住んでいる地域は、めちゃくちゃ暑かったです。当時は、“このやりとりがぐでぐでになってるのは、夏の陽気のせいなんじゃないか”と、なかば本気で考えていました)。そんなわけで、第三者の視点からこのやりとりについて分析しているものを読むというのは、きっとよい反省の機会となるだろうと考え、Judgementさんが予告なさっていたこのエントリには、かなり期待していました。しかし、残念ながら、このエントリは、そんなわたしの期待にこたえるようなものではありませんでした。これは別にこのエントリやJudgementさんをくさしているわけではなく、わたしの期待が、このエントリに対するものとしては、ずれずれだったというだけのことなのですが。
いったいなにが言いたいのかといいますと。Judgementさんがお蔵入りになさったこのエントリの残り3/4が、かりに、すでに書きあがっていたのだとして。そこに、わたしに対する批判的言及はふくまれていたのかな、と。そして、もしもふくまれていたのならば、また、もしもその原稿が現存するならば、それはぜひとも読みたいので、メールかなにかで送っていただくなりしたいな、と。じつはそれがこのコメントのかくれた本旨だったりします(もちろん、残り3/4がテキストとして存在してはいない場合などに、あらたに書きおろしてくれとは言いません。自分でもある程度の反省はできているつもりですし)。
ということで、長文を失礼しました。

P.S. ブログ内の別所にて、高橋昌一郎さんの『知性の限界』と『理性の限界』をおすすめしていらっしゃるのを目にしました。これらの本に対しては、専門的知識にかんする記述において不正確なところがあるという指摘が存在します。具体的には、以下のようなものです。 http://togetter.com/li/55939 http://critical-thinking.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-52fd.html http://critical-thinking.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-c311.html なお、みっつめの、不完全性定理の説明についての批判エントリに対しては、 http://d.hatena.ne.jp/wd0/20100123/a という指摘も存在します。しかしこれは、読めばわかりますが、高橋さんの本の記述を正当化するような内容のものではありません。同書からのかぎられた引用部分だけを見ると、たしかに、意味論に対する形式体系の完全性と、ゲーデルの不完全性定理が問題としている完全性とがおなじ意味であり、ゲーデルの不完全性定理が示しているのは「数学の世界」で前者が成立しないことだ、と言っているぽく読めます。しかし、引用されているのはかなり部分的な記述ですし、わたしもそんなに知識がないので、あんまりつっこんだことは言えないです。ということで、とりあえず、このような指摘が存在する、という点だけおしらせするにとどめておきます。
by spiklenci-slasti (2011-01-29 06:21) 

necromancer

>わざわざコメントしてくれる人に対し、時には容赦なく徹底的に晒し挙げるようなブログには誰だって書き込むのは二の足踏むんじゃない?

それは言えるかも。私だって冷や冷やしながら書いているもの・・・。以前ここにカウンセリングを受けに来たことのあるP氏なども、もうこりごりと思っているかもしれません。そのせいかどうかは知らないけれど、このところ与しやすい相手ばかり選んで批判しているような印象を受ける(これも批判の仕方批判かな?)。

しかし、最近のブログで、「まぁ要するに撤退し損なってもはやなにがなんでもニセ科学を批判する行為は許容できないのだぁ、としか主張できなくなった状態にある」人物の一人として「某j氏」というのをあげており、「その主張をフォローしてもとりたてて得るものはなさそうなので、まぁあらためて反応はしてこなかった」といった趣旨のことを書いている。

ぼこぼこにされた後で、自分を殴った相手に向かって「まぁこの辺で勘弁しといたろか」という吉本新喜劇の定番ギャグを、どういうわけか、ふと思い出してしまった。

それはともかく、私の狭い情報収集能力では、他の某j氏を知らないので、間違っていたら謝りますが、仮にこれが私の知る某j氏のことだとして、もし本気でそう考えているのなら、余程お目出度いか、他人の論点を把握する能力が欠如しているのだし、そう考えてはいないのに言ったのなら、これはもうニセ科学批判以前の問題で、新たな闇の話かもしれない。もしそうなら、そういう人物がいくらもっともらしいことを書いたとしても私は信用できないなあ・・・。

私の知る某j氏のブログに書いてあることは、私には納得のいくことがほとんどであり、また、今後のニセ科学批判にとっても有益であると考えているので、上記の話は読んでいて相当イラっときたため、ここで憂さ晴らしをさせていただきました。勝手な事を書き込んで申し訳ありません。批判、糾弾はあえてお受けします。
by necromancer (2011-01-30 15:25) 

Judgement

spiklenci-slasti さんのコメントは、ちゃんと捉えるのに時間がかかりそうなので、とりあえずnecromancerさんへのみレス。

ああ、「某j氏」の記述は私も見たけど、多分あれは私じゃないよ。
(すっとぼけて見せているわけではなく、マジでそう考えている)
私も最初「ぬぬ!」と思ったけど、それは自意識過剰って奴で、ワザワザ小文字にしたところに意味があると思い直した。
多分、実際に指しているのは、このブログからもリンク張っている『ニセ科学批判』に対して、私よりも数倍上手い批判をなさっている某所の方だと思う(
j○○○03氏。違うカナ)。
まぁ、実際のところ誰を指しているのかは分かりようがないけどね。

でも、『人間、意固地になって牽強付会を続けていると、すごいところにたどり着いてしまう、ってサンプルで。以前はぼくはひとのこう云う姿に痛ましさを感じたりもしていたんだけど、なんか最近はそれなりにそう云う場所も楽しいのかな、みたいにも思ったりするようになっていて、なんと云うか微笑ましく眺めたりもするようになってきている。』なんてフレーズを見て、非常にキケンだと思ったよ。
ハナから、見下して侮っている。これほど嫌らしく下劣な物言いは無いわけで、(私みたいな人間が言うなら分かるけど)彼のようなマトモな方が平気で口に出してしまう状況、というのはなんか異常だ。

そして、某A氏(ABOFAN氏?違うかナ)や某S大先生(多分SFSS氏)は置いておくけど、merca論宅氏、そして「青プリン大先生」と揶揄なさっている早川先生あたりは、ニセ科学批判のポリシーには反する事を言ってはいるケド、ニセ科学批判の方々が思っているほどおかしな事は言っていない(まぁ、指摘を受けたmerca論宅氏の記事は私もちょっと違うとは思ったが、その程度の”踏み外し”はニセ科学批判側もしょっちゅうやっていると私は思う)。

なんかねぇ、こういうの聞くと『理解しなくてすむ方便』に逃げているように私は思っちゃうんだよね。
『人間、意固地になって牽強付会を続けていると、すごいところにたどり着いてしまう』
ニセ科学批判の方々は、これを「"自分達以外の人間”にしか適用されない法則」とでも思っているのではないだろうか。
by Judgement (2011-01-30 23:37) 

cosi

P氏から私は、別のP氏、PseuDoctorさんを連想してしまいました。
一昨年の年末に、「しばらくお待ちくだされ(少なくとも一週間以上)」などというセリフを残したままの方のことです。
PseuDoctorさんは、一年以上経つのに、やっぱり来ないですね。もともと逃げるつもりだったんでしょうけど。なんだか気持ちの悪い立ち去り方だと、わたしは思います。このまま来なければ、(大袈裟に言えば)嘘つきじゃないですか?あれほど「嘘はいけない」とかさんざん言っといて。
もっと素直に、「もう反論できないから来ません」とか、「あんまりだよ!傷ついちゃったよ」とか書いて去るか、あるいは何も書かずに立ち去るとかすれば、まだ感じが良かったのに。(立ち去り方は、技術開発者さんの方がましな気がする。)
彼も、早川先生を「青プリン大先生」と呼んで、小学生男子レベルのからかいを繰り広げています。普通に名前呼んで、まっとうに批判していればいいものを、ふざけた渾名をつけたりして揶揄するのはなぜなんでしょう。単に精神年齢が低いってことなんでしょうか?彼は早川先生のことを「お子ちゃま」とかさんざんに言っていますが、その言葉が自分に適用される可能性を、全く考えていないのでしょうか? 
by cosi (2011-02-01 15:26) 

necromancer

>多分あれは私じゃないよ。

小文字と大文字の区別がつかないなんて、稚拙な勘違いで申し訳ないことをしました(Judgementさんにもpさんにも)。ついでに言うと、さらにpとPを間違えてcosiさんまで混乱させたのも申し訳ない。でもこれで、向こうを見た人でも、ここさえ見れば(見るかな?)私のような勘違いをする人は無くすることができる?と弁解しておこう。ところで、Judgementさん紹介のセリフを再読して、この人の文章に何となくイラッと来ることが割合多い理由がわかった気がします。 Judgementさんの文章は、イラッと来るのと正反対な感じ。というか、最後まで一生懸命咀嚼しようという気にさせる文章です。時々偽悪ぶるのは照れと見た(怒られるかな?)。だって、「(私みたいな人間が言うなら分かるけど)」なんて、Judgementさんならそんなこと言いそうにないもの。
>cosiさん

cosiさんのような、この世界の泥沼に浸かっていない人(私も一応そのつもりなのですが)の疑問は新鮮に感じます。 ただ、立ち去り方に関しては私は違う意見です。 技術開発者さんの場合、退け際を誤って(というか見失って)、議論の主題に関係のない悪態を捨て台詞にして立ち去っていった。これは、それまでの議論を男女の痴話げんかなどのレベルにまで堕としてしまいかねないもので、最もやってはいけないことではないかと思う。


by necromancer (2011-02-01 23:03) 

cosi

necromancerさん
一応泥沼に浸かっちゃいるのですが、蓮の花のようにピュアさを保ち続けているのですよ!
歳くっている割りに幼稚園児並みの単細胞な私は、「しばらく待っててね」を額面どおりに受け取って、ワクワクしながらいたのを、裏切られた感があったのです。
だから、技術開発者さんの方が、「もう来ない」とはっきりわからせてくれただけ、私にとってはましだったというわけです。
仰るとおり、確かにそれまでの議論のレベルを台無しにしちゃってますね。
by cosi (2011-02-02 17:21) 

PseuDoctor

こんばんは。
いやぁ、覚えてる人が居たんですねぇ・・・嘘です、ごめんなさい。

>cosiさん
>もともと逃げるつもりだったんでしょうけど。
別に逃げるつもりは、無かったですよ。もし本当にそのつもりなら、cosiさん自身が仰っている様に
>なんだか気持ちの悪い立ち去り方
なんてやり方は、しないです。
じゃあ何でこんなに放置したのかと言うと、何と言いますか「疲れるし、気持ち良くない」状態になっちゃったんですね。最初は勿論書くつもりでいたのですが、何だかどんどんどんどん気力が萎えて来ちゃったので、もう大分前からずっと、こちらのブログそのものを読んでいない状態でした。
それでもタブブラウザのスタートページのグループに登録してあるのはそのままだったので、毎日ブラウザを立ち上げる度に、トップページだけは何となく眺めていました。で、今回はトップページから見られる部分(「最近のコメント」ですね)に私の名前っぽい文字列が見えたので、本当に久し振りに、中を拝見してみた次第です。

この「気持ち良くない」という点について、もう少し言い訳を書かせて頂きます。
私は基本的に、自分が気持ち良いと感じる事しかしません。ニセ科学を批判しているのは、ニセ科学の言い分が気持ち悪くて仕方ないからです。ニセ科学に騙される人が少しでも減れば、それは私にとって気持ち良い事です。そして、こちらにお邪魔していたのも、Judgementさんの事が好きだからだし、Judgementさんとの遣り取りが気持ち良かったからです(残念ながらリアルのJudgementさんは存じ上げないのですが)。
ここで「好き」は現在形ですが「気持ち良かった」は過去形です。つまり、徐々にJこちらに書き込むのが私にとって苦痛になり、辛くなってきていたのです。その理由に関しては、私自身の問題ですので聞かされても誰も面白くないでしょうから、割愛します。まぁそれでも私がマゾだったら、そこに悦びを見い出せたかもしれませんが、残念ながら私にMっ気は全くありませんでした。
という訳で、おそらく、滅多な事が無い限り、今後はこちらにお邪魔する事は無いと思います。ブラウザのスタートページからも削除します。

勿論、放置していたのは事実なので(「1年だろうが10年だろうが『少なくとも1週間以上』には違いないだろ」なんて屁理屈を言う元気は流石にありません)、その点に関しての非難は甘んじて受けます。
そして、おそらく今後も書く事は無いだろうという点も含めて、改めてJudgementさんにも謝っておきます。

ごめんなさい。

最後にもう二点だけ。

>普通に名前呼んで、まっとうに批判していればいいものを、ふざけた渾名をつけたりして揶揄するのはなぜなんでしょう。
端的に言えば「飽きちゃった」からですね。私も最初は彼とTwitterで直接遣り取りもして、そのうえで「話の通じない人」という評価を下しています。そしてその後に何度も名指しで批判しました。詳しくはこちらをご覧ください(連続Tweetの一部だけが抽出されている所もありますので、ご注意ください。日付の部分をクリックすると、その日のTweetを全て読む事が出来ます)。
http://twilog.org/tweets.cgi?id=_pseudoctor&word=%E6%97%A9%E5%B7%9D%E7%94%B1%E7%B4%80%E5%A4%AB
勿論Twitterをご覧になっていない方には伝わっていなかったでしょう。しかし私の中では、もう名指しで批判するのに飽きてしまったのです。マトモに言及するのが面倒になったと言うか。
勿論、気が向けば今後、また名指しで批判するかもしれませんが。

>彼は早川先生のことを「お子ちゃま」とかさんざんに言っていますが、その言葉が自分に適用される可能性を、全く考えていないのでしょうか?
考えてますよ。他人を批判する時は、その矛先が自分に向くかもしれない事を常に考えます。そうじゃなかったら批判なんて出来ません(少なくとも私は)。
でもまぁ、今のところ、私は自分に向けられた批判をあんまり気にしない様にしていたいと思っているのです。そのあたりの事は、以前にkikulogのこちら
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1227356415#CID1243345117
に書きましたので、宜しければご覧ください(批判するな、という意味では無いですよ、勿論)。

色々書きましたけれど、cosiさんには、今回のきっかけを作って頂いたので感謝しています。
皮肉ではありませんよ。

それでは、言いたい事だけ言いましたので、身勝手に去らせて頂きます。
皆様さようなら、ごきげんよう。
by PseuDoctor (2011-02-02 21:51) 

Judgement

【cosiさん】
 それは言わない約束でしょ(って約束はしてないが)。
 まぁ、私もそんな宣言があった事は頭の片隅にこびりついてはいたけれど、もう「何の話を待つんだっけ」と肝心な事は忘れてる感じだし(返事があってから思い出せばいいや、ってぐらい)。

 だけど、あえてそこに触れるのは野暮ってもんですよ。
 「返事が無い」と騒ぎ立てるのはABOFANと同じ。
 つうか、へんにせかしても、「いま言える事は~」って、中途半端で愚にも付かない言い訳を聞かされるのがオチだしね。
 それぐらいなら10年でも20年でもかかっていいから、そこそこ良く出来た主張を聞かせてもらったほうがマシ。

 ま、自分も返事書くのに時間がかかったり、あるいはすっ飛ばしたりするから、人の事言えないってのもあるけれど...。

 ...ってな返事を書こうと思っていたら、ご本人登場かい。
(オイオイ、アンテナ高けーな)
 ね...つまらない話聞かされる始末になっちゃったでしょ。
 だから触れない方がいいんだってば、って、今更遅いけど。


【necromancerさん】
 まぁ、深い意味もなくイニシャルトークにする奴が悪いって事で。
>でもこれで、向こうを見た人でも、ここさえ見れば(見るかな?)
 どうもやっぱり見ない事になっているみたいよ。
 PseuDoctorさんもそうみたいだったし、そういやかなり前TAKESANさんもご自分の掲示板で「最近はあまりみないようにしている」なんてつぶやいていたのを見たこともある。

 でも、これは予想なんだけど、私が何かミスった記事を書いたらすぐにわらわらと群がってくると思う(見ていない事になっていてもね)。
 んで、「見る価値が無い」と判断していた自分を正当化するための「やっぱりあいつはその程度だった」って鬼の首を取ったようなコメントが次々でるんだろうなぁ、なんて空想しています。

 気をつけなくては。


【PseuDoctorさん】
 まぁ...とりあえずわざわざ弁解に来ていただいて申し訳ない。
 とはいえ、cosiさんが言う「なんだか気持ちの悪い立ち去り方」よりもさらに「気持ちの悪い立ち去り方」でしたなぁ、というのが素直な感想。

 私がどう考えていたかはcosiさんへの返事で書いたけど...まぁいいや。
 気持ちが萎えただけで放棄するようなら、最初から「書く」って気を持たせるような事は言うなよな、とは言っておきますよ。
 
 聞いているか知らんけど。


 ...まぁ、「もうこねーよ」宣言した人に問いかけてもしょうがないんだけどね。
 とりあえずネタとして軽くいじっておこう。

 それにしても「言い訳(cosiさんへのコメント含む)」が無ければまだ良かったなぁ...
 「言いたい事は言いたいけど、聞きたくない事は聞かない」
 それがここまであからさまだと、ホント気分悪いわぁ。

 ちょうど、cosiさんとnecromancerさんで「去り方談義」してたけど、これは歴代の去り方の中でも、最悪の部類に入ると思うゾ。
 でも仲間内では「誠実」づらを通すんだろうけどね...
 これだから、なんかあの集団は見ててイラッと来るんだよ。

>自分が気持ち良いと感じる事しかしません
 まぁ、正直な所そうなんでしょうね。でも、だから何?
 もう来ない人間のパーソナリティを知って、私に何かいいことあるのかしら?

>その理由に関しては、私自身の問題ですので聞かされても
>誰も面白くないでしょうから、割愛します。
 いや、それは当然なんだけどさ... 
 それなら『「気持ち良くない」に関する言い訳』も割愛してほしかったなぁ。
 ちっとも面白くないから。

>残念ながら私にMっ気は全くありませんでした。
 だぁぁぁかぁぁぁらぁぁぁ
 もう来ない人間のパーソナリティを知って、私に何かいいことあるのかしら?

>今後はこちらにお邪魔する事は無いと思います。
 はぁ、それで私に何かいいことあるのかしら?

>ブラウザのスタートページからも削除します。
 ふうん、それで私に何かいいことあるのかしら?

 ...なんで、この場で私に関係ない事とかをわざわざ宣言したがっちゃうんだろうね。

 自分の心の何かを解消し、「自分が気持ち良いと感じる」ために、こういう「自分語り」を他人に無理矢理聞かそうとするやっかいなタイプなんだなぁ、ということは分かった。

 でも、そういうタイプの人間の話を聞かされる事は、私は非常に不快だ。
 話の内容が不快なんじゃなくて、そういう甘ったれた気持ちを向けられるのが不快。
 そういう自己満足は、ママ相手にだけやっていて欲すぃ。

 あと、「その点に関しての非難は甘んじて受けます」なんて思ってもいない奇麗事をぬけぬけと言うのも非常に「気持ち悪い」よね~。
 「今後はこちらにお邪魔する事は無い」という発言と矛盾することにも気付かないわけだから、実際はそんな気持ちがさらさら無いことがアリアリと分かる...。
 

 ちなみに、PseuDoctorさんは「気持ち良くない」のは、避けるようですが私は「気持ち悪い」奴がいた時こそ、気合が入っちゃうね。
 ま、どうせ何書いてもPseuDoctorさんはもう読まないんだろうし、こっそり読んでたとしても、「自分が気持ち良いと感じる」ために、読んで無い事にするんだろうけどさ(また意味の無い言い訳を垂れ流されるよりかは、その方がアリガタイ)。

 とはいえ、PseuDoctorさんはもう読まなくても、その足跡をネタにすることでいくばくかの読者の「人間の読み」が鋭くなっていけば、もしかしたらいつの日か、「上っ面だけの気持ち悪い奴」がすぐ見抜かれて大きな顔ができなくなるような(私にとっての)理想的な世の中になるかもしれん。

 つうか、この手の「気持ち悪さ」とニセ科学から感じる「気持ち悪さ」は、私は同質と捉えているんだけどね。だから、その「気持ち悪さ」に皆が気付くようになれば、ニセ科学に惑わされる人も激減すると思ってる。

 まぁ、詳しくは”そのうち書く”(笑)
by Judgement (2011-02-03 01:44) 

pooh

コメントをして、その内容について晒し上げられるのはまぁ覚悟できます。でも、コメントをしないことについてまでどうこう云われる場所に近づくのは、やっぱり気が重いですよね。
すこしまえに、そう云う議論の仕方をする集団と大喧嘩をしたことを思い出しました。あれはしんどかった。もうやりません。

ぼくの書いたことについてなにか云いたいこととかイラっと来た部分ががあるのなら、こんなところでJudgementさんにご注進におよばなくても、うちのコメント欄で直接ぼくに云えばいいじゃん、とか思いますけど、そうしない理由がおありなんでしょうね(ぼくに云いたいんじゃなくて、この場所でJudgementさんに云いたいんだ、とか、そう云う理由が)。
いろんなひとたちにそう云う行動をさせるような魅力がこの場所にはある、と云うことなんだと思ってます。なんか、たとえばぼくについて受けた印象をぼくに伝えるよりは、ここのコメント欄に集うかたがた同士で分かち合いたい、とか。
べつだんぼくはJudgementさんが「与しやすくない」からここのコメント欄にこなかったり言及しなかったりしていたわけじゃなくて、単純にそう云う場所に関心がない、と云うだけだったんですけどね。
(おまえの関心なんてどうでもいい、とか云われそう。このへんがめんどくさいんだよなぁ。あからさまな言及に反応しても自意識過剰扱いされる可能性があるし、反応しなくても黙ってることそのものを取り沙汰されたりするし)

で、基本的にぼくには「足止めさせたもの勝ち」的なルールでおこなわれる議論に対応する力量も余裕もないので、できないことはしないようにしようとしているだけです。って、この言明も若干ブーメラン気味ではありますけど。
by pooh (2011-02-05 14:32) 

cosi

【Judgementさん】
私が野暮なコメントをしたがために、お忙しいJudgementさんのお手を、煩わしてしまいました。ごめんなさい。今後気をつけます。

【PseuDoctorさん】
私のコメントに、わざわざ出向いて返事をくださり、ありがとうございました。
まさか、返事をくださるとは思っていなかったので、びっくりしました。

ところで、

>ニセ科学を批判しているのは、ニセ科学の言い分が気持ち悪くて仕方ないからです。ニセ科学に騙される人が少しでも減れば、それは私にとって気持ち良い事です。

ということは、
「自分が気持ち悪くて仕方ないもの、つまり、嫌なものを、(なるべく)排除したい」ということですよね。嫌なものとも共存していく、という発想ではなく。
私は「自分が嫌なものを排除したい」という考えは、究極は、戦争など争いにつながると思っています。

私は「自分が嫌なものも理解したい。理解できなくとも共存するための妥協点を見出したい」と考えています。(こんな理想を語るから、necromancerさんに、泥沼の世界に浸かってないと言われちゃうのね)

また、嫌だと思うものがあれば、なぜ自分がそれを嫌だと思うのかを、自己分析し、内省を深めていくことが、精神的成長には必要なのではないかと考えています。
それをせずに、ほとんど反射的生理的に嫌がって、机上の空論に近い理屈を並べて、批判をしているだけだと、説得力は低いと思います。

また、「飽きちゃったから、あだ名付けて揶揄してるんだ」という理由は、私には納得がいきませんでした。そんなことをしていると、未熟な人格と受け取られると思います。そういう印象があると、ニセ科学にはまりそうな人の説得など、うまくいくはずがないと思います。引用されているkikulogのコメント欄で、「第三者からどう見られているかは知っておきたい」と、書いておられたので、僭越ながら意見させていただきました。
by cosi (2011-02-05 23:58) 

necromancer

>poohさん
某j氏をJudgementさんのことだと勘違いしてご迷惑をおかけしたことを再度お詫びしておきます。

>イラッとに関して
「何となく」という、不確かな個人の感触を書くのは確かにアンフェアかも。また、そんな漠然とした話でも、そちらの方に書くべきかも。しかし、それはわかった上でやっている部分もあるので、世の中にはそんな嫌なヤツも一人はおるのだということでご批判、ご非難ください。大部分の人はイラッと来るどころか気持ち良くなるのだということも想像できますし。

>べつだんぼくはJudgementさんが「与しやすくない」からここのコメント欄にこなかったり言及しなかったりしていたわけじゃなくて、単純にそう云う場所に関心がない、と云うだけだったんですけどね。
了解しました。めんどくさい話ではありません。

>いろんなひとたちにそう云う行動をさせるような魅力がこの場所にはある、と云うことなんだと思ってます。
意識はしていなかったけれど、言われてみればそのとおりかも。最近は「いろんなひとたち」というには程遠いけど。確かにここのエントリーを読むのは私にとって「気持ちが良い」し、書いてある内容は、「ニセ科学に騙される人が少しでも減る」のに何らかのかたちでつながるとも思ってます。ただし、書き込に関しては、私のがここの質を下げてしまうのではないかという危惧は抱いています。今後、おっちょこちょいな書き込みは少し控えようかなと思ってます。
by necromancer (2011-02-06 16:22) 

pooh

直接対話をお望みのようなので、書き込みます。
運営ポリシー上問題があるようなら指摘をお願いします>Judgementさん

> necromancerさん

> お詫びしておきます。

詫びていただく必要はありません。とりたててなにか語るべき、とか思わなかったせいで、そのような誤解をされる可能性について配慮しなかったのはぼくなので。

> 「何となく」という、不確かな個人の感触を書くのは確かにアンフェアかも。

べつにアンフェアではないですよ。
ただ、うちのコメント欄はオープンになってます。いつでもだれでも書き込めます。誰かに告げ口する前に、本人に伝えればいいんじゃないですか?
ただ単に、どこかにそう云うことが書き込めれば、ご自分が気持ちいい、ってはなしですよね。 本人のところに書き込んだら、本人からの反論がありそうなんで、そのあたりを庇護してもらえる場所で書き込めばリスクなく気持ちいい気分に浸れる、ってことですよね(揶揄している本人は読まないかもしれないし、読んでても黙ってるかもしれないし)。
対話を重視しているポーズを取るのはかっこいいかもしれませんけど、内実を伴わないと不信感につながりますよ。

> 意識はしていなかったけれど、言われてみればそのとおりかも。

ぼくはここの常連コメンテーターのなかにひとり、別の場所で直接対話を試みたことがあるひとがいます。そのひとはぼくの問いかけに対して、文意を理解できないようなポーズを唐突に示して、対話から遁走しました。
対話を打ち切るのはそのひとの判断なので、そのこと自体をどうこう云うつもりはありません。ただ、その方がこの場所で(江戸の敵を長崎で方式で)「ニセ科学批判者」のことを好き勝手語っていて、あまつさえその方の言説をJudgementさんが称揚しているようなエントリまであがっているのを読んでからは、ここはぼくみたいな馬鹿がなにかしら示唆を得るために読みに来る場所じゃない、みたいに理解したわけです。
他人の発話に対して(ぼくの感覚では)不誠実な対応を平然と示した人間の言説が、ここでは称揚される。そんな場所から、なにかしら示唆が得られるとは思えない。ぼくのそう云う感覚って、変ですかね?

まぁ、だれかが気持ちよくやっている場所に乗り込んでいってスポイルするのは、本意ではないです。できればぼくなんかを肴にせずに楽しくやっていていただければ、こちらもどうこう云いませんので。
by pooh (2011-02-06 19:54) 

pooh

連続投稿失礼します。
すみません。ぼくの書き方に至らない部分がありました。

> ぼくのそう云う感覚って、変ですかね?

これはべつだん問い掛けたわけじゃなくて。
そう云う(悪い意味で)ナイーヴな人間が近寄るべきじゃない場所だ、って判断した、と云う話でした。
たかだかコメントひとつにポリティカルな感覚を大量動員することが要求されるような高度なブログのコメント欄になにか書き込むのは、ぼくみたいなうすら馬鹿には荷が重いので出入りが難しいですよね。
by pooh (2011-02-06 21:13) 

Judgement

pooh さん、お久しぶりです。

 私はそちらのブログは結構拝見させていただいてますよ。
 まぁ、特定の記事について何か言う時はTB送るようには考えているんだけど、コメント欄での一時的なやりとりだったんで、特に何もしなかったんデス。
 陰口たたきみたいになってごめんなさいね。

 とはいえ、コメントの中ではこのブログに対する批判チックな部分も含まれるので
>その内容について晒し上げられるのはまぁ覚悟できます。
 うん、まぁ覚悟しておいてね。”そのうち書きます”(笑)
 それはおいておいて
>運営ポリシー上問題があるようなら指摘をお願いします
 今のところ特に無いですわよん。
 とりあえずお好きにどうぞ。

 ただし、やりとりが嫌になったら言われっぱなしのまま消えてくれ。
 PseuDoctorって人みたいに最後に言いたいことだけ撒き散らかして「もうこねーよ、もう聞かねーよ」はナシね。
 いきなり来なくなっても、私の場合は「対話から遁走しました」なんて、ABOFANの勝利宣言みたいな事は言わんよーにするので。 
(ま、ブログ主が「ナシね」って言っても、それを尊重できる人かどうかは信じるしかないけどさ)

 あと、気になる点が一つ。
 本当に気になっただけの話なので、返答はお任せしますが。

>ぼくはここの常連コメンテーターのなかにひとり

 私が思い浮かべる常連は「トンデモブラウさん」だったりするんだけど、その人はもう過去形。
 最近では「cosiさん」が常連みたいな気がしているけど、この流れでpooh さんが名指ししないのもおかしいし、私もあまり称揚した記憶が無い(←失礼な)。
 つうか「称揚」って実際どんな意味だ?

 いった誰が常連という事になっているんだろう、というのがブログ主としてはちょい興味有り。
 (これはホント素直な興味です。まさかABOFANクンじゃないよね...)

 あと、poohさんは「遁走」と揶揄的におっしゃっていますよね。
 実際にそれが「遁走」と言うに足る状況だったの?もしかしてpoohさんの主観は、単に「返答が無くなった」事を「遁走」に変換する思考パターンが組み込まれているの?などと意地悪にも思ったりして。
 
 てか、その「常連」が誰だかは分からないので(マジで)何とも言えないのですが
>ぼくの問いかけに対して、文意を理解できないようなポーズを唐突に示して
 とおっしゃるところが、本当に「文意を理解できないようなポーズ」だったのかな、それともそもそも「理解できない文章」であった可能性は無いのかな?なんて気になります。
 というのは、それが最近考えているテーマでもあるからです。
 http://naked-kings.blog.so-net.ne.jp/2011-02-05-3

 「私が理解できない文章を書くとでも!」と憤慨しないでオクレ。
 一応はここの常連らしき方を「遁走」と揶揄されているようなので、ここのブログ主としては実情をよく把握しないままに「ああそんな事があったんですか」と素直に頷けないんですよ。
 また、仮にそれが事実であれば、「このブログの常連でありながら、他所でそんな醜態さらすなんて許さん!もっとしっかり読め」と言ってやりたい気も...。

 まぁ、「やりとりを引用しろ」なんていいませぬ
 (というか、そこまでしてもらうほどの興味は無い)
 誰と、どの場所で直接対話をしたのか教えていただければ。

 あ、でも最近ではツイッターかなぁ。
 今ひとつ分からない部分があって苦手なんだよなぁ。

 あ、あと、せっかく来たんだから
 某A氏、某j氏、某S大先生の答え合わせもしてってよ。
 このイケズ。
by Judgement (2011-02-06 23:25) 

Judgement

cosiさん

 そうよぉ。もぅぅぅぅ。
 って、まぁcosiさんのコメントがきっかけだけど
 ムカついているのは全くcosiさんのせいではないし
 おかげでいいサンプルが取れたからチャラって事でよろしい。

 ところでPseuDoctorさんとかいう人の「ニセ科学を批判しているのは、ニセ科学の言い分が気持ち悪くて仕方ないからです。」というセリフですが、それは私の「ニセ科学批判者」を批判する動機と同じ。

 でも、そんな私の言い分についても「気持ち悪くて仕方ない」人だっているんだろうとも分かってる。
 だから、批判を向けられても耐えられる。
 (ただし、マイナーブログだから、批判すらほとんど向けられないが)
 自分の目で外側を見る事はできても、自分と外側の関係を俯瞰する事ができない人は、批判を受けると暗闇からいきなり殴られた感じがして理不尽に思うからこそ、耐えられないんじゃないかなぁ。
by Judgement (2011-02-06 23:51) 

pooh

> Judgementさん

> やりとりが嫌になったら言われっぱなしのまま消えてくれ。

まぁどこかで云われっぱなしになっていても、たいていの場合ぼくはそもそも出て行かないですけどね。めんどうだし、罵倒は発する側にとっては娯楽である場合も多いので、そんなところに本人が阿呆面下げて出て行くのも野暮だったりしますし。

ただまぁ、(対面して、ではない状況での)対話と云うのは当事者の一方が発話しつづける限り続くわけなので、捨て台詞的なことでも口にしないと打ち切りの意志を表示できない、と云う場合もあるようには思いますけどね。永遠に云われっぱなしになる可能性もあるし、ひとによっては「相手が付き合いかねるぐらいまで言及をし続けて、自分の発言内容の(その場における)既成事実化を狙う」みたいな技法を使うケースもあるので。

で、いくつかご質問をいただいてますが、答えません。
いくらぼくが素朴でも、Judgementさんみたいに有能な言葉の魔術師に向かって、水を向けられたことを誘導されるがままにほいほい話すリスクくらいは理解していますので(と云うくらいには、Judgementさんとの対話のコストは高いものになっています。Judgementさんとしては、目論見どおりなんだと思うんですけど)。
by pooh (2011-02-07 21:56) 

Judgement

poohさんへ

>罵倒は発する側にとっては娯楽である場合も多い
そんな罵倒が多いのはどこの世界の話なんだ、という気もしますが
poohさんの住む世界ではそうなのでしょうか、ダークだなぁ

まぁ、ハテブやらツイッターを見ると
「嘲笑するのが娯楽」のような人ばっかりには見える時があるが。
まぁ、字数制限のせいもあるんだろうけどね。
でも、むしろその方が人間性が端的に現れる気もする。

罵倒する人間は決してお行儀いい人とは言えないけれど
「罵倒されるのは、自分のせいではなく、相手の娯楽だ」
なんて考えるのも(私の感覚では)かなり不誠実でお行儀悪い。
それよりも、その罵倒が向けられる妥当性はさておき
「相手は本気で腹を立てているから罵倒している」
とシンプルに捉えたほうが健全なんじゃありません?

>ひとによっては「相手が付き合いかねるぐらいまで言及をし続けて、
>自分の発言内容の(その場における)既成事実化を狙う」
>みたいな技法を使うケース
ま、ここにはそんな人は来ないと思うケドね(心当たりがあるとでも?)。
私はどっちかというとその手の姑息な手段を見ると叩き潰したくなる方だしさ。

それにしても、対話を続けるのも嫌、永遠に云われっぱなしになるのも嫌
そんなワガママみたいな理由で「捨て台詞」ってのは
なんだかなぁって気がしますが。

>で、いくつかご質問をいただいてますが、答えません。
あら残念。まぁ「返答はお任せします」って言ったからそれでもいいけど。
でも、あの話がそんなにpoohさんにとってリスキーな話題だとは思わなかった...。

>Judgementさんとしては、目論見どおりなんだと思うんですけど
でもこれは、怖がりすぎよねぇ。まぁ、人徳(?)だろうけど。

>有能な言葉の魔術師
ああ、そういってもらうと嬉しいわ。マジシャンだし。
でも、魔法を使っているつもりは全くない。考えてはいるけど。
要はどれだけ他者に興味を持つか、って事ではないかな。
そうでなければ、考えて言葉を発する、なんて事はしない。


しかし、なんかpoohさんは防衛強すぎだよね。
分かってない部分を勝手に妄想で補完して怖がっている。
いわゆる自分で作った藁人形に押しつぶされている感じ。
そして、他者に発する言葉すら失っているもよう。

そういう意味では私は分かろうとするために言葉を使う。
言葉という刺激を与え、どう反応するか見る。
その積み重ねで、相手を理解する。
それって、科学と同じじゃない?
なんてね。

「対話のコストが高い」と感じさせてしまうのは、もしかしたら
こちらが対話にコストをかけすぎているからかもしれない、なんて思った。

もっと気軽に話したいんだろうな...反省
でもnecromancerさんとだったら少しは話しやすいんだろうか、
だとすれば、 あんま割り込まない方がいいかしら?
by Judgement (2011-02-08 00:34) 

necromancer

(すみません、変な風に投稿してしまったので再度投稿します。ご面倒ですが、できれば前のを消してください)

> poohさん

poohさんの初回の書き込みで、おっしゃりたいことは伝わったので、「わかった上でやっている部分もあるので」と書いたわけです。言わば居直りです。

で、こんなことをわざわざ自分で宣言するのもどうかと思うけれど、これは「対話を軽視するポーズ」であって「かっこ悪い」ことじゃないかな。「対話を重視しているポーズを取るのはかっこいいかもしれませんけど」というのは私には意味がわからんです。単純に「お前の言うことは信用できん」と言われればまだ納得しやすいですが。

それと、運営ポリシーのことはよくわかりませんが、初回の書き込みの多くは私への問いかけだったのでは(少なくとも私はそう理解した)。「直接対話をお望みのようなので」と言われたが、問いかけに対しては無視するかしないかの話であって、しない場合には、直接応答する以外に私は方法を知りません。

ところで、ご自分のことを「(悪い意味で)ナイーヴな人間」とか、「ぼくみたいなうすら馬鹿」なんて書かれると、私なんかは居心地が悪いなあ。


by necromancer (2011-02-08 23:51) 

Judgement

>necromancerさん
了解。消しときましたわよん。
ちなみに、改行トカしてなかったダケですので。
by Judgement (2011-02-09 22:06) 

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