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2009年のしめくくり? [ここに来た皆さんへ]

今年は色んな事があったなぁ。
特に4月以降は、ガラっとブログをめぐる状況が変わったね。
そして、色んな人を毒牙にかけたかけたかけまくった。
でも、自分の中では世界はかなり広がった気がする。
で、広がったのはいいが、色々な事を積み残したまま年を越すね(ひとごとのように)
まぁ、そんなこんなではあるけども、総括的に今年の毒の吐き納めをしてみる。

【イノセント】

今年思った事
『ああ、なんと「イノセント」な人が多いのだろう。』
きっと「イノセント」である事に誇りすら持っているんじゃないの、と思う。
(参照『イノセント』)

いや、「イノセント」として世に流されながら生きていく、と言うのなら別にいいんだけど
「イノセント」な人が、「イノセント」のまま他人と対話や議論をする、というのは無理がある。

でも、「イノセント」な人自身ははちっとも無理とは思っていないのだろう。
 自分の気持ちを読み取ってくれ
 自分が受け入れやすい事を言ってくれ
 自分の気持ちを尊重してくれる
これらは、彼らにとっては
まるで「口を開ければ親鳥がエサを与える事」のように”当然の事”で
「もし自分にそうしてくれなければ」
「不誠実」呼ばわりしてなじったり
「わかってくれない」と拗ねたりする。

それでいて、「私は対話や議論がしたい(あんたのせいでできない)」とまとわり付く。
非常にやっかい。
そして非常にうっとうしい。


【言葉】

「言葉はいつも思いに足りない」とは私の好きな言葉だけど
時に、言葉はその人の「出したくない暗部」を明確に示す。

「口ではなんとでも言える」
これを、”自分に対する戒め”と捉えられない人は
見ているこっちが恥ずかしくなるほど、「暗部」がジャジャ漏れだ。

誰でも、言葉の上だけなら、「聖者」にも「大賢人」にもなれる。
だけどそれは「そう見られたい」という浅はかな気持ちを一緒に垂れ流すようなもの。

それを見透かせる人は、自分もそうすれば
「そんな気持ちが見透かされる」
と思うから、恥ずかしくって言えない。

言う奴は「自分の言葉がそのまま相手に伝わる」なんて、きっと素朴な考え方。
そんな奴ほど、表現力がダメダメなのは当然だけど
そんな奴だから、言ってもいない「自分の主張」が通じないと駄々をこねる。

「バカ丸出し」のくせに偉そうにしている奴を見ているとムカつく。
でも、まともに相手しないと「不誠実」となじりはじめる。
それはもっとムカつく。


【象徴的自己成就】

この間ちらっと触れたけど、「象徴的自己成就」というものがあるそうな。
それは「未完成な者ほど自分がいかに完成されているか強調し
完成された者ほど強調しない」という現象だそうだ。

確かに、誰が疑う事も無いぐらい完成されているんなら、言う必要は無い。
むしろ、完成されていないからこそ、わざわざ言わなきゃならないハメになるのだ。

こういう言葉があるとは知らなかったけど、同じことをずっと前から感じていた。
自分の事を「誠実」と平気で言う奴ほど、私は信用しない。

本気で「誠実でありたい」と思う人は、自分が誠実でない可能性を常に気にする人。
いつも「誠実でないかもしれない」と気にしているから
自分の事を「誠実だ」と言えるわけがない。

でも、誠実でない奴にはそれは分からない。


【他人をダシにする】
 
なんとか相手を「誠実でない」事にしたがる人がいる。
(相手が私のように、自分でも「態度悪い」と公言して憚らない人ならいいけどね)

人の態度を問題にしたがる人は
それを批判する事で自分が「いい人」である事を示そうとしているようなもの。
相手を「誠実でない」となじる事で
自分が「誠実である」かのように見せるわけだ。

あるいは、それは「自分は悪くない」の言い訳かもしれない。
『相手が誠実でないから』話が進まない、上手くいかない。
 
でも、結局それって、「自分の能力不足」を人のせいにしているのではないかな。
自分の考えに芯が通っていれば、相手がどんなに不誠実でも問題で無いだろう。
「自分の能力不足」を相手がカバーしてくれないと話が進められない。
”自分のために”あれもこれもしてくれない
...と言う事を指して、「不誠実」と言っているだけじゃないの?


【お前が論法】

例えば、今まで相手の態度を非難していたくせに
「相手がそうしているから」と言い
今まで自分が非難していたはずの態度を
自分でも取り始める人がいる。

結局は「自分もそういう事をしたかった」だけじゃない?
そういった、自分の「邪な意図」を他人のせいにするのはもっと邪だ。

「あなたがどう見えているか真似しただけ」
これも、非常にムカつく言葉だ。
大抵は、それが非常に稚拙な劣化コピー。
本当にそういう意図なら、真剣にコピーすべき。
結局はそれも「自分もそういう事をしたかった」だけでしょ。


【知識の統合失調症】

皆さんは、本を読む時、どんな風に読む?。

書いてある事を理解し
「なるほどそういう事か、分かった」となり
そして、書いてある事を「知識」として格納するような人はいないだろうか?

まぁ、教科書ならそれでいいけど
例えば思想書とかそういうのまでそういう読み方をして
『知識の統合失調症』を起こしている人を結構見かける。

こういう人は、難しい言葉を沢山知っている。
そういう言葉を端々に使って、一見、”頭の良さそう”な事を言う。

でも、いくら読んでも、何を言いたいのかさっぱり分からない。

こういう人に対峙すると、それだけで圧倒されてしまったり
何を言っているのか分からなくても、そう言うと「自分が格下」扱いされる気がして
気後れする人がいるかもしれない。

でも、私は全くそう思わない。
そう思う事こそ相手の思うツボ。

どんなに難しそうな事でも、それを復唱して見せるのはバカでもできる事。

自分も良く分からないからこそ
「難しい事」をそのまま引用するしかできない

自分が良く分からないから
きっと”他人も分からないだろう”と侮ってハッタリになると考える。

そして、文脈に一致しそうな「知っている言葉」をありったけ並べているだけ。
その場しのぎ的に、「知っている言葉」を使うから
全体的には一見意味不明の「統合失調」的な文章になる

結局「自分は難しい言葉を知ってる自慢」以上のナニモノでもない。

つまり、「難しい事を補足説明無しに使う」という事は
その人に「それを説明する能力が無い」事と、
「自分の能力を水増しして見せる」という姑息な意図がある事
...を示唆する。

だから私は、「小難しそうな単語」を並べ立て始めた時点で
その人の能力を「低く」見積もる事にしている。

そしてそれは、そう外れない。


【人の言葉の読み方】 

じゃぁ私はどんな風に本を読むのか?
「書いてある事を理解する」
そんなこたぁ、基礎の基礎。単なる出発点。

「なんでこいつはこんな事を言うんだ?」
あるいは
「なんでこいつはこんな事を言うのに、こういう事言わないのだ?」
と読みながら常に思う。

かっこいい言葉で言えば
「本を通して、著者と”対話”する」
といったところか。

本の内容を絶対視するんじゃなく、自分の相手、つまり相対化する。
どんなに偉い人、有名な人が書いたものであってもね。

生まれてから今まで、何千冊と本を読んできた。
食事中も、トイレでも、お風呂でも(良い子はマネしちゃダメ)
でも、あくまで「趣味」というか、私にとって”呼吸”みたいなもの。

で、頭に残っている「知識」は、驚くほど少ない。
そのあたりが「ステイタスとしての読書家」との大きな格差。

だけど、何千人との”対話”で、「人の言葉の読み方」は結構分かってきたと思う。
現代文・漢文ほぼパーフェクトだったのも、そのおかげだし。


【分からないという批判】

例えばABOFAN氏の発言すら、基本時に私は有る程度理解できてから批判する。
(モチロン、理解すると同意するは別物だ)

私の読書と同じで、理解した上で「何故そういう事を言うのか」を考えるわけだ。
だって、「分からないものは批判できない」でしょ。
あるいは、支離滅裂なら、何が支離滅裂かを挙げて批判する。

しかし、見ていると
「分からない」事に文句を言う人が多い気がする。
しかも、そういう人に限って
「自分の意見をわかってくれない」事も文句を言う。

どないせいって...


【相対化による自己顕示】

しめくくりだし、少し偉そうに述べよう。

「自分が傷つけられたくない」という意識の一方で
「自分が認められたい」という欲求がある
しかし、防衛する力も、示すべき才能も無い
そんな人が、どうするか?

ひと言で言えば「他人を利用する」だ。

才能有る人の「言葉」だけを引っ張ってきて並べて虎の威を借りる。
「意見の衝突」を避け(対応できないから)、「認め合う仲間」に頼る。
また、他人を見下げる態度を取って、自分をそれより上の人間に装う。

まぁ、他人を見下げるのは私もやっているけどね。
でも、私のような見下げ方だと「人間性」が疑われるわけで
そうならないために、「それらしい理由」を付けて
自分が「誠実な」人間であるかのように装う。
言葉遣いだけ丁寧だけど、遠まわしに皮肉る。
その方が、見る人が見れば、「最もいやらしい態度に見える」のに
「上手いやり口(自分の本性がばれないやり口)」とでも思っているのだろう。

あるいは、それら全て「無意識的」にやっているのかもしれない。
で、当人は「どういう聞こえ方をするか」を意識しないで
「どういうつもりで言っているか」だけが大切と思っているから
その「無意識の邪さ」には気付かないし、認めようとしない。

だから「イノセント」はやっかいなのだ。


【ダークホース】

偉そうに語ったけれど、そんな事を考えている私ですら
うっかり、色々抵触する事をやらかしているかもしれない。

だからこそ、「そういうのが分かっていそうな人」が怖い。

「イノセント」の多さに辟易した今年だったけど、
最後の方で登場した”naokoさん”あたりは
「分かっていそうな人」かなぁ、と思う。

別に主張に共感できる、ってわけではなくて、
対話のスタンスや、人の読み方とあしらい方が私に似ている気がする。
(MORIXさんとのやり取りで『お前は私か!』と思ったし)。

そんな彼女が、”怖く”もあるけど
そんな彼女がいる事が、ホッとしたりもします。


【最後に】

散々毒を吐いておいてなんだけど
皆さん、良いお年を

まぁ、お気に召したら来年もよろしくお願いします。

(2009.12.31 by Judgement)
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コメント 7

naoko

明けましておめでとうございます。
昨年はMORIXさんとの対話の場所を貸していただいてどうもありがとう。
今年も、よろしくお願いします。

ひとつだけ、わたしはMORIXさんを「あしらって」はいなかったつもりです(笑)。
かなりしんどく対話しました。(←MORIXさん、言い方気に触ったらごめんね。自分にとって興味深い対話であったことも確かです。)

でも、Judgmentさんのおっしゃること、よくわかります。
特に、「見抜く人が怖いし、ホッとする」というところ。
しゃべったり、書いたりするとき、わたしもいつもそう感じます。
by naoko (2010-01-02 19:45) 

MORIX

おめでとうございます。naokoさん、Judgementさん。

そうですね。「あしらって」いたどころか、私の相手をしてくださったのが、naokoさんだけだった……というのが正確なところでしょう。

今年もよろしくお願いします。
by MORIX (2010-01-05 21:52) 

トンデモブラウ

あけましておめでとうございます。

>「バカ丸出し」のくせに偉そうにしている奴を見ているとムカつく。

そういうヤカラに文句言う・・・優しく正道に導くという趣旨が、blogのタイトル『王様は裸だ!』じゃないんですか。
一番の好物かと思ってました。
まぁいいや。

で、「イノセント」な人は、先入観による確証バイアスが働かないので、非常に鋭い意見を言えるのではないかと思います。
やっかいなのは(例えば、私のように)邪な考えを持った「イノセント」を装うヤカラじゃないかな。
全て「無意識的」にやっている本物の「イノセント」(いるのか?)は、罪がないですよね。
「イノセント」だし。(笑)

Judgementさんのように「本と対話」できる技能は、特殊でしょう。
それこそ、+4σくらいの出来の良さがないと無理。
>頭に残っている「知識」は、驚くほど少ない。
嘘ばっか。
これは謙遜したふりして、我々偏差値50以下の一般人を睥睨しているんだな。
そうに違いない!
まぁ私クラスになると、本なんかじゃなくて郵便受けとかと会話しちゃいますけど。

>「難しい事を補足説明無しに使う」
ことに対して
>「分からない」事に文句を言う
のは普通の反応じゃないかなぁ。
どないせいって・・・
by トンデモブラウ (2010-01-06 14:03) 

Judgement

あけましておめでとうございます。
皆さんも、今年もよろしければよろしくお願いします。

【naokoさん】
>ひとつだけ、わたしはMORIXさんを「あしらって」はいなかったつもりです(笑)。
あ、失敬失敬。
勝手に自分に似ていると思ったからって、そこまで自己を投影させてはいけませんね。

【MORIXさん】
そうですよ。 naokoさんに感謝してくださいね。
「めぐり合わせ」とか「タイミング」ってあるのよね。
誰もがあなたのニーズに合わせてくれるわけじゃない。
それぞれの時間の余暇を使って、書き込みしたりしてるんだから。
対応があるという事自体が”特別”と思う方が、精神衛生上いいよ。
返事が遅いとか早いとか、当事者の口から言うもんじゃないですよ
(と、次の記事のコメントにあてつけてみる)

【トンデモブラウさん】
>>「バカ丸出し」のくせに偉そうにしている奴を見ているとムカつく。
>そういうヤカラに文句言う・・・優しく正道に導くという趣旨が、
>blogのタイトル『王様は裸だ!』じゃないんですか。
>一番の好物かと思ってました。
いや、「正道に導こう」とは思っていないのですが...
まぁ、「ムカつく奴を痛めつけるのが好き」って事で。

>全て「無意識的」にやっている本物の「イノセント」(いるのか?)は、罪がないですよね。
いやぁ、それこそ罪ですよ。全裸で公共の場を闊歩するようなものよ。

>Judgementさんのように「本と対話」できる技能は、特殊でしょう。
そうかなぁ。
「本」というのは、ある意味「著者の生き様、考え方」を記したものなので
そう読むことこそ正道だと思うんだけどなぁ
でも、さすがに教科書とかの「覚える本」や、小説は対話しないけどね。

>「難しい事を補足説明無しに使う」ことに対して
>「分からない」事に文句を言うのは普通の反応じゃないかなぁ。
ああ、説明不足だった。
「分からないから、その人の主張内容がおかしい、と文句を言う」って事。
”主張内容が分からない”ならおかしいか否か評価できないはずなのに
「自分の”正しい知識”の上で分らない事は、どうせ間違っている」
っていうような態度の事を問題にしたいのよね。
by Judgement (2010-01-10 23:40) 

タカキ

> トンデモブラウさん

> 全て「無意識的」にやっている本物の「イノセント」(いるのか?)は、罪がないですよね。

これってどう云う意味で書いておられるのでしょうか?
・イノセントでいる事には罪が無い。
・イノセントでする事には罪が無い。
前者の意味で書いておられるなら特に異論はないですが、後者のように読めます。
イノセントだろうと誰だろうと罪は平等に判断されるかと思いますが。
ただ、イノセントだからとかで許される(情状酌量される)事はありますが、罪は罪ですよ。



話変わって、Judgementの指摘するイノセントな奴らはホントにイノセントなのだろうか。
私にはイノセントと云うより、増長+傲慢な奴らに見えたり見えなかったり。
対象者が違うのかも知れませんね。
by タカキ (2010-01-11 19:57) 

トンデモブラウ

>Judgementさん
>タカキさん

「イノセント」(innocent):潔白な、無垢の、罪のない
同じ意味ですけどあえてベクトルをつけると、「イノセント」だからというより、罪がないから「イノセント」なんでしょう。
「罪」の基準は、絶対的なもんじゃないと思いますけど。
by トンデモブラウ (2010-01-12 08:44) 

Judgement

まぁ、私は無垢という意味でとっているけどね。
文句は福田大先生に言っとくれ...というのは無責任か。
私的には「悪気がない人」と言い換えてもいい。
酷い事しても、「悪気は無かった」で済むと思っているような人。

あ、「罪の(が)無い」は「無垢」を示す慣用表現で、
「無罪」という意味では無いとおもうぞ
by Judgement (2010-01-14 22:39) 

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