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准教授舌禍に疑似科学批判を想う [言論]

 まずは答え合わせ
 
 この前触れた「とある事件」とは、某大学の准教授が個人ブログで事件の被害者に対し配慮を欠いた発言をしたり、触法行為を示唆する発言があった事に対して非難の声が巻き起こった事件です。
 まぁ、これは誰でもピンときたと思いますが、「とあるブログ」は何かというと、町村教授のブログでした。
 http://matimura.cocolog-nifty.com/matimulog/2008/04/blog_1fcc.html

 これを読んで私が引っかかりを感じたのは、町村教授の主張の方ではなく、それに対するコメント群でした。
 こまごました批判めいたものは「ひとことふたこと」や「言論」のエントリーに大体書きましたので、今回は引っかかりの一番の原因について書きたいと思います。


【引っかかりというか不快感】

 (町村教授に批判めいたコメントを付けている方を、乱暴に「彼ら」と一絡げに表現してしまいますが) 
 彼らの主張について「気持ちはわかるし、一見筋は通っているけど...」と感じる一方で、次のように思いました。

 『彼らの理屈は、彼らに共感する人にしか通じないのではないか』 

 彼らは、自分の主張を共感している仲間の方に向けて発信しており、仲間からの「そうだそうだ」の声援を受けたいがために、仲間が共感しやすい内容で演説をする一方で、他者に対しては、その賛同する仲間を指さし、『皆正しいと言っているのだから、賛同しない人は間違っているんだ』と言い続ける、そんな状況に見えます。
 つまり、発言そのものが相手の方を向いていないんですね。
 また、多くを語らなくても了解してくれる「仲間」に向かって話すから、説明不足になりがちです。

 彼らの言う事は本当に正しいのかもしれないけれど、さしたる判断材料も与えられず一方的に彼らの判断を押し付けようとする所に、不快感がわき起こりました。


【大義名分】

 唐突ですが、私のルーツを辿ると福島は会津地方になります。で、「前の戦争」は、京都では「応仁の乱」を示すそうですが、会津のそれは「戊辰戦争」だったりします。

 戊辰戦争では、朝廷を握った薩長により、会津は一方的に「朝敵」にされ、錦の御旗を持った西軍に蹂躙されます。
 そもそもその「大義名分」が妥当であったか、という事も色々とあるのですが、ここは歴史検証の場ではないので省きます(興味のある方は星亮一氏の著作等を参照)。

 で、会津人として憤るのは、「大義名分」なるものを手にしているからといって、特に妥当な理由無く藩主の首を要求したり、本来関係のないはずの周辺諸藩に攻撃するよう要求したり、果ては相手の領土から好き勝手に略奪したりするのは『大義』の枠を越えた、単なる「大義の私的な不正使用」ではないか、と言うことです。

 某大学の準教授を会津にオーバーラップさせる気持ちは全くありませんが、識者を装う批判者の論調に対する不快感は、この西軍の行為に対するものと同じ気がします。


【疑似科学批判と関連させる】

 しかし、彼らのそういった言動は、他人事では無い、とも思います。
 何故なら、同様の事は、「疑似科学批判」においても陥る危険性は十分にあるからです。

 「科学vs疑似科学」の図式において、「科学側」に立つ、と言うのは非常に楽です。
 「科学側」には強力かつ才能がある“支持者”が沢山いますし、何より「科学」が現代実効性を持って利益を供している点を考えれば、「科学」を御輿として担ぎ上げる大義名分も十分あります。

 しかし、その絶対的有利さによる「自動的な勝利」を“前提”としてしまい、説明を怠ったり、相手を頭ごなしに否定するような事は、対立する相手やギャラリーに不快さを生み出すだけでしょう。

 一時期、「疑似科学批判批判」なるものが出ましたが、そのような論調が生まれてしまうのも、「疑似科学批判」の中に上記のような不快さを見出した人がいたせいかもしれません。
 また、そういった「疑似科学批判批判」の内容は的外れ、という批判もありますが、その原因は「的をきちんと見せなかった事」つまり説明不足にあったのかもしれません。

 “かもしれません”ばかりのしょうもない推測です。

 具体的に誰と誰の議論でどうだった、という事を指摘したいわけではありません。
 自分自身がその原因を作るかもしれないから、反省し自戒しなくてはならない、というのが結論です。
 

 ...まぁ、自戒しても自分の足りない能力ではどこまで守れるか分かりませんが。
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トンデモブラウ

正しいことを言っているという「事実」(というかそう思える感情)が、本来の議論と違う次元にあるという認識を覆い隠してしまうんでしょうか。
こういった場合、議論が交わらないのが、どうもすっきりしないですね。
傍観者の意見としてですが。
ニセ科学やオカルトの援護者がよく展開するプロットと一緒。
指摘すると、「論点ずらしやがった!」とか逆ギレしたりします。
親切な有識者が噛み砕いて説明しても全く取りつく島がないという、ヤレヤレな有様。

ちなみに、私のルーツをたどると薩摩半島に至ります。
あの戦争は、ある意味革命(しかもエネルギーが臨界点だったのでは、と推測されます。主観ですけど。)なので、ヤカラな因縁をつけてでもドンパチやる必要はあったのでしょう。
その、是非は当然あるでしょうが。
薩摩の肩を持つわけでは・・・ないとも言い切れない。
by トンデモブラウ (2008-05-09 10:10) 

Judgement

おのれ薩摩め!蛤御門では味方だったのに掌返しおって!!

まぁ、それはおいておいて
ともすると、「自分が正しいと思う事を正しいという前提にしてしまう」
というのは、科学側でも無きにしもあらず
「相手に分かるよう説明する」気持ちが欠けてはいけない
と、むしろ自分の問題として捉えています
by Judgement (2008-05-09 23:01) 

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